サクラ・Leaf(おーばのつぶやき)

東京下町の零細企業で仕事をしながら日々の思いを綴ります。
様々に問題意識を抱えながら突破口を探しています。
元統一教会信者・現在は独り、世の矛盾にどう盾突こうかと悶々とする日々。
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趣味と信仰 十字架と復活
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    暗い世相に「ヨハネの黙示録」なんていかがなものかと思えるが、どうやら私は『7年の艱難』を『7段階の教練』と読み替えたようだ。
    『死』を『古い価値観の死』と読み替えるのは決して目新しい話でもないので大した楽観論でもないだろう。

     

    あちこちのキリスト教会が会堂での礼拝を中止しでオンライン礼拝に切り替えているらしいです。
    私が礼拝に通っている教会はそれでも集まって礼拝をしています。
    もともと規模の小さい教会で、この自粛令の影響もあり参加人数は当然のように半減しています。
    私はサンデークリスチャンなのですが、それでも教会の役員みたいなことをやっているので基本参加しないと不都合が出ます。
    11日土曜日に「受難日礼拝」12日日曜日に「イースター礼拝」があったので参加しました。

     

     


    クリスチャンにとって『礼拝を守ること』というのはそこに信仰をかけているようです。
    統一教会を経て来た私には、そういう価値観はちょっと違和感ありますが、クリスチャンの心情を理解することも必要だと思っています。
    教会員の中には、家族全員で信仰している人もあれば家族の中で一人だけという人もいます。
    そういう人たちはこの状況で礼拝に参加するのは難しいようです。
    『信仰』というのは傍から見れば『趣味』と同じようなものです。
    多くの人たちが今は『趣味』を我慢して巣ごもりしています。

     

     

    だけど『趣味』はその人の人生を変える。
    『趣味』が高じて生業になる人も多いのだ。
    アスリートとかアーティストとか呼ばれる人たちの多くは学生時代からの趣味を職業にした人が多いのではないか?
    『信仰』を職業にするのは牧師とか僧侶なのかな?
    信仰者にとって、信仰は趣味と一緒にされては困るものでしょう。
    でも、傍目からはアイドルの「おっかけ」とどこが違うのかということになる。
    どこが違うか説明できますか?
    出来ないんですよ。
    アイドルを追っかけている人たちの気持ちが分からないでしょ?
    神様について十分に語り切れますか?

     

     

    クリスチャンはイエス様のおっかけです。
    ジーザスクライスト・スーパースター!!!

     

    新しい宗教は教祖様のおっかけです。

     

     

    雨が降ろうが槍が降ろうがコンサートに集まるファンたちはアイドルに自分たちの愛情と熱意を示したい。
    外出自粛が出ている時に礼拝に集まるクリスチャンはイエス様に自分たちの信仰を証したい。

     

    アイドルへの情熱は時に冷めるけど信仰は違うのか?
    やっぱり冷める人は冷める。
    一般にアイドルよりも信仰の方が少々賞味期限が長いかもしれない。

     

    アイドルはコンサートやメディアに露出するときと、素の顔はイコールではない。
    多くの人が様々な演出をしてキャラクターを創っている。
    長いことやっている人はうまくバランスを取りながら素の顔を少しづつファンの前にも出している人もいるかな?

     

     

    宗教の教祖はどうなんだろう?
    演出なんかではないと信者は言うけれど、一体どれだけ理解できているだろう。

     

     

    私は文師も好きですし、イエス・キリストも好きです。
    だけどどのくらい理解できているかと問われると難しいよね。
    そして、元統一教会員としてはイエス様に対する理解がキリスト教だけを信じてきたクリスチャンとは少しずれる。
    礼拝はエンターテインメントなので、行けば気持ちが上がることもあるし、外れればそれなりのことだってある。
    ネット配信よりも生の方がいいのは当然。

     

     

    イエス様は罪のない方なのに、私の罪を負って十字架上で亡くなられた。
    という信仰観が私には無いのです。
    旧約的に、供え物を捧げることで自分たちの罪が赦されるという信仰があればイエス様が供え物となってくださったことが「私の救い」に繋がるかもしれないけれど、私にはそんな信仰は無い。
    クリスチャンが羊やハトを捧げないのはイエス様に優る捧げものはないからで、十字架以降捧げられるべき供え物の全てをその身をもって代えて下さったと考えるからなのでしょう。
    もっとも、そこまで考えている人はほとんどいませんが。

     

     

    勿論、十字架に意味が無いとは言わない。
    イエス様の十字架と復活があったから、弟子たちの人生が変わった。
    十字架なんかなくっても、弟子たちの心に火が付いていれば伝道は進み、み言葉の種を広めていくことができたであろうけれども、
    エルサレム入城の前に、弟子たちが考えていたことはイエス様がイスラエルの政治的な王様になって自分たちは出世できるというようなことだったらしい。
    そんな考えでいたらみ言葉の真意なんて理解できるわけはないのだ。
    御言葉に相対することができなかったその『罪』がイエス様を十字架に付けたとは言えるかもしれない。

     

     

    その弟子たちの姿が自分なのだと重ねて考えることを牧師は勧める。
    弟子たちの有様を我がこととして悔い改めなさいと言う。
    悔い改めればいいのか?
    そこから先に進まなければイエス様の願いに生きることなどできない。
    クリスチャンは悔い改めが好きだけれどなかなか先に進めていない。
    悔い改めようとする以上にみ言葉に生きて先に進もうとは思えないのか?

     

     

    イースターにイエス・キリストは復活した。
    違う。
    復活させられたのは弟子たちの信仰だったんだよ。だけどそこから進めていない。。。。

     

     

    食口達は?????進んでますか??????

     

    | おーば | - | 16:51 | comments(6) | - | - | - |
    お久しぶりです。
    自粛が続く中、普段通りではない不自由さもあるのではないでしょうか?


    黙示録シリーズは、私にはちょっと難しかったです〜。σ(^_^;)

    なるほど、イエス様をアイドルとみる、ですか。面白いですね。
    言葉だけをとって解釈するなら、アイドル=偶像ですから、イエス様を偶像化しているとみれますね。
    偶像崇拝は形ある物に自分を投影して崇拝する、自己崇拝であるという見方もあります。アイドルにいきすぎた行動に出ちゃうのも、境界線が見えなくなってしまうからでしょうね。
    一部のクリスチャンにもそういう傾向ありますかね?統一教会にもありますね。
    思ってたのと違う、となった時のダメージ感がそうですね。

    今回の記事はほぼすべて興味深い内容なので、まだいろいろありますが、長くなりそうですので一旦この辺にしておきます。

    それではお元気でお過ごし下さい。
    | 先駆者 | 2020/04/18 3:29 AM |
    桜葉さまこんにちは。
    そしてお久しぶりです。
    メールではなくこちらから送っています。
    今日の記事は私にも理解できましたから。
    (いつもは難しすぎます。とほほ)
    なるほど。イエス様の追っかけ・・。言えますね。
    少なくとも私はそうかもしれません。(笑)
    でも、イエス様は教会だけにおられるのではないのに
    何故か礼拝に集えないのが寂しいのです。
    いつもはしんどいと思っていたのに。
    不思議です。イエス様は交わりの中におられるのかなあ。
    またメールします。読んでくださいね。
    桜葉さんのはっきりとした勇気ある発言。いいな!!(^^)!
    | N子 | 2020/04/18 6:01 PM |
    先駆者様

    コメントありがとうございます。
    今はコロナ禍でどこも大変だと思いますが、先駆者さんはご不便ありませんか・
    幸い私は大した問題もなく過ごせています。
    一つだけ気がかりなのが、介護施設にいる母に面会に行けないことで、彼女のメンタルが参っているのではないかということですね。
    スタッフさんこそ大変な状況だと思うので問い合わせの電話なんかで煩わせたくもありません。

    もっと問題になることは、今以上にポスト・コロナです。
    こちらは先駆者さんの方が詳しい話かと思いますが、乗り切った後にコロナ以前の経済システムは大きなダメージを受けると考えますが、これは立て直されるものなのか、あるいは崩壊して新しいシステムが立ち上げられるものなのかです。

    わたしとしては後者を願いますが、出エジプトでは災禍が三次にわたりましたので、更なる禍が必要なのかと考えてしまうとぞっとします。あれ?でも今みんながやっている外出自粛はまるで『過越し』だからこれが三つ目なのかしら?

    …自己崇拝、難しいですね。
    どんな自己を投影するのでしょう?超自我を投影するのでしょうか?
    アイドルなどは弱点を見つけてそれを可愛いとするのもありますね。
    「私に似たものとなりなさい」的な御言がなかったでしょうか?聖句かな?
    超自我として投影するのは間違いじゃないような気がします。
    ただ、偶像化して捻じ曲げてしまうと話が違いますね。
    捻じ曲げて貶めてしまうのが問題です。
    そして捻じ曲げているから、あれ?違うってなる。
    そんなことを繰り返して本物に近づければそれもありかもしれません。
    | 桜葉佳代 | 2020/04/18 9:14 PM |
    N子さんコンニチハ!
    お元気でお過ごしでしょうか?
    そちらは礼拝休止ですか?

    クリスチャンとしてイエス様の追っかけは実は至極当たり前でもあります。
    羊は飼い主の後に付いて行くものですから。
    そして二人三人と集う中に主は現れるともありますので、N子さんはきちんとクリスチャンとしての心を持っておられるという事です。
    礼拝は義務だという人もありますが、どこまで行っても恵みだと思います。
    世界中が我慢の中にいるので、私たちも我慢して人々の気持ちに寄り添う事も必要なのだと思います。

    主を待ち望むその時に、ランプの灯を消してしまわないようにしてください。
    タラントは埋めずに活かして大きく育てましょう。
    羊でいた私が「わたしの羊を飼いなさい」と言われるときが来るかもしれません。
    | 桜葉佳代 | 2020/04/18 9:32 PM |
    桜葉さん、お母様気がかりですね。
    コロナもそうですが、人々の心が本当に心配です。

    2020年がよもやこのような年になるとは思いませんでした。
    ここは人間の底力で、なんとか早く乗り切りたいですね。
    でもやはりなんといっても、責任ある人がどう采配をふるえるかが大きいでしょう。なので自由主義陣営の各国の首脳が賢者となって、回りのヨコシマな負荷に負けず頑張ってほしいものです。
    一般の識者も、過去のやり方をなぞるやり方ではダメだと言っていますから、桜葉さんの願われる方向にいくかもしれません。
    これはあくまで私の勝手な妄想ですが、今年のアメリカ大統領選挙で再当選したらこれまでにない展開に向かっていく、ということを非常に恐れている存在がいて、そういったことも今回のことと繋がっていると感じています。

    ところで、私は日頃とあまり変わらないのですが、家族が家にいるぶん家事がちょっと忙しくなっています。
    | 先駆者 | 2020/04/19 9:24 PM |
    先駆者さん、ありがとうございます。

    色々なところでボロボロになってはいますが、庶民は生きていかなければならないとなれば戦後の焼け野原から立ち直っていったような生命力を見せてくれるのではないかと期待しているのです。
    あのころとは人の考え方も随分と変わっていますから立ち上がり方もまた違った形になるのでしょう。

    そして半島の動きが心配です。
    どう転ぶのか。。。
    | 桜葉佳代 | 2020/04/22 4:51 PM |









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