おーばのつぶやき

東京下町の零細企業で仕事をしながら日々の思いを綴ります。
様々に問題意識を抱えながら突破口を探しています。
元統一教会信者・現在は独り、世の矛盾にどう盾突こうかと悶々とする日々。
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七つの封印-11 『無』への理解
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    記事に上げる前のテキスト量はなんだかすごい量になってきましたが、実際のアップが進まないのはどうにも表現が難しいからです。

    何故難しいかというと、庶子の知について十分に書けていないからなのでしょう。

    八段階は飛び級ができないのですね。

    これはすでにある建物のフロアを上がっていく行程ではなくて、何もないところに建物を立てていく工程だからです。

    二階部分の柱が立っていなければ三階部分を造ることができません。

    なので、庶子の段階をきちんと理解しなくては実子を正しく理解することができません。

    それを簡単に解説しようとするから書くことができないのだと理解しました。

     

    ですから、僕と養子を絡めて書いたように、実子も庶子と絡めながら書くことにしましょう。

    書き切ろうと思うと長丁場になるかもしれません。

     

     

     

     

    「世界はペアシステムでできています」

    そう言われればそうなんだろう、実際世の中見渡せばそういう組み合わせになってる事柄が沢山ある。

     

    この程度の理解では足りないんです。

    「ああ、そうだったのか!」と感動できる理解が必要です。

     

    そのためには、神様が最初に創造を始められた時に思いを馳せなければなりません。

     

     

     

    『無』について深く考えたことがある人はどのくらいいるのでしょう?

    神様は『無』から『有』を生じせめたお方です。

    『無』について知らなければ、神様の創造の動機をきちんと知ることはできません。

    愛の対象がほしかったという、『愛』の切実さを知るためにも『無』を考えなければならないのです。

    逆に、これを理解すれば神様との距離はぐんと縮まります。

     

     

    ちょっと思考実験をしてみましょう。

    『無』についてどれくらいイメージすることができるか。

     

    ●先ず、水の入ったコップを思い浮かべてください。

    普段ご自身で使っているコップで大丈夫です。

     

    ●次にコップの水を飲みほしてください。

    実際にやらないで、思い浮かべるだけですよ。

    コップは空になります。

    コップの中には何も『無い』状態です。

     

    ●次にコップを片付けてください。

    コップがあなたの視界から『無くなり』ました。

    何がありますか?

    何も無いテーブルがそこにあるかもしれません。

    テーブルの上は『無』ですね。

    でもそこにテーブルが『有り』ます。

     

    ●あなたのイメージの中からそのテーブルも消してください。

    テーブルが無くなりました。

    そこは『無』でしょうか?

    いいえ、おそらくは部屋の中ではありませんか?

     

    ●そうしたら、建物を消してください。

    実際に消すことは難しいですが、イメージだけですから大丈夫。

    建物という建物を全部消してください。

     

    ●何もなくなりましたか?

    広い原っぱでしょうか?砂漠でしょうか?何も『無い』状態ですか?

    誰かいますか?

    誰かいるようならばその人や動物もイメージの中から消してください。

    これだけでも、とても寂しくて不安な感覚になりませんか?

     

    ●それでもまだ、完全な『無』にはなっていません。

    足元に何かありませんか?

    地面、地球ですね。

    これを消すとどうなるでしょうか?

    宇宙空間に放り出される?

    それをイメージしてみましょう。

     

    ●真っ暗な宇宙空間、ここには空気も水もありませんが、イメージだけなので生命の心配はしなくて結構です。

    宇宙遊泳を楽しんでみましょう。

    地球が無くなると、重力を感じることがありません。

     

    どちらが上でどちらが下なのか?

    自分が立っているのか寝ているのかもわかりません。

    宇宙飛行士が宇宙に出ると人生観が変わると言いますが、『無』重力の体験はやはりインパクトの強いものでしょう。

    地球を消さずに似たような経験をできるとすれば、深い水の中に溺れる経験でしょうか?

    手足につかまるものが何も『無い』状況。

     

    ●さて、どこか別な星の上を想定してはいけませんよ。

    全ての星を消してみましょう。

    辺りは暗闇です。

    何の音も聞こえてきません。

    上か下かもわからない、

    自分が移動しているのか止まっているのかも目印になるものが無くなると判断が付かないものです。

    これが完全な『無』でしょうか?

     

    ●一つ聞こえているものがあるかもしれません。

    あなたの心音、呼吸音です。

    映画などで宇宙飛行士が宇宙を漂うときには「ヒュー、ヒュー」っと、効果音が入ることがよくあります。

    『無』に至るために最後に消さなければならないものがあります。

    あなた自身の肉体です。

     

     

    ●これで完全な静寂が手に入りました。

     

    ●あなたは死後の世界を信じていますか?

    信じていたとしたらこれでも完全な『無』を手にすることはできません。

     

     

     

    どこまでイメージできましたか?

    これで完全な『無』でしょうか?

    私自身が消えたからと言って、他の人たちが大勢どこかにいるではないかと思えますね。

    でも、とりあえずはあなた自身にとっての『無』です。

    見る、聞く、嗅ぐ、触れる、味わうという五感に働きかけてくるものが何もない状態。

    それどころか上下の方向感覚さえも持ち得ない。

    時を刻むものが何もない。

    『無』です。

     

    死後の世界が無いと信じている人たちにとっては、『死』と『無』は同じ意味になるかもしれません。

    だから特に宗教を信じていない人たちでも、漠然と天国と地獄をイメージしていたりするものです。

    完全な『無』とは想像しきれないほどに苦しいものなのです。

     

     

     

     

    全ての事柄には始まりがあります。

    全てを始められたのが神であるのならば、神は一番初めにこの『無』を経験する処から始められたということになります。

    何もないところからのスタートであれば、それこそ『記憶』さえもありません。

    何の記憶もなく、何もない闇の中に漂う感覚をイメージできますか?

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