おーばのつぶやき

東京下町の零細企業で仕事をしながら日々の思いを綴ります。
様々に問題意識を抱えながら突破口を探しています。
元統一教会信者・現在は独り、世の矛盾にどう盾突こうかと悶々とする日々。
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七つの封印-10 ペアシステム
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    男女の問題は謎が多いです。

     

    そもそもどうして男と女なのか?

     

    男だけ、女だけでは子孫を残せないから当たり前のことのように思えますが、
    単に繁殖だけならばアメーバーのように分裂して増殖する方法もあります。
    しかしこれでは全てがクローン状態になります。
    また、カタツムリやアメフラシのように雌雄同体の生き物もいます。
    これは二個体で繁殖行動をするので個体が個性を持ちえます。

    https://kotobank.jp/word/%E9%9B%8C%E9%9B%84%E5%90%8C%E4%BD%93-77269
    (コトバンク)

     

    また、現代社会においては子供を持たない自由まで主張されていますので、
    子孫繁栄だけのために男であること、女であることの縛りが課せられることへの不満も出てきています。

     


    男と女は一体何が違うというのでしょう?
    先のコトバンクの説明からは単に生殖器の問題であって、人格に何の関係があるのかという事になってしまいます。
    生理的にホルモンバランスが精神に与える影響もありますが、
    個人においては心が主体であること思えばそれは精神的に主管すべき問題とされるでしょう。

     


    聖書には、男女の創造の行に二通りの記述があります。
    我々の形に似せて男と女に創造したというものと、
    男が一人でいるのは良くないから、男のあばら骨をとって女をお創りになったというもの。

     

    我々の形に似せて作ったら男と女になったというならば、原型としての男と女が人間ではなく存在していたという事ですよね?
    二つ目の記述の男から作り出された女というのが人間のモデルとしての前段階ではなかったのかと考えられます。
    つまり、生物としての繁殖目的以前に霊としての必要があって男と女は別々の存在になっていることを聖書は示唆しています。

     

    あばら骨を抜かれる前のアダムはアンドロギュノスのような両性具有状態ですね。
    創造原理では、神様にはもともと本陽性と本陰性が中和されていたと書かれているのですから、原初の神様の姿にも重なります。
    あばら骨を抜いて別な生き物を作り出すというのは生物学的には無理がありますので神話としての比喩的表現と考えていいでしょう。
    中和的神様から男性と女性を霊的に分離することに不自然さは無いと思います。
    おそらくそれが晩年の御言で表された夜の神と昼の神ではないのかと。

     


    主体と対象を必要とするのは四位基台の造成のために他ならないでしょう。
    四位基台は存在、発展のために必要な基台です。
    神様はご自身を存在させる段階でも四位基台を必要とされたはずです。
    ご自身が主体として立つためには対象が必要です。
    対象を持たなければ何をもって主体であることを宣言できるでしょうか?
    内的な四位基台を造成したとしても、他者としての存在を創造しようとした時点で、実体的な対象格を必要とします。
    最初の対象格位は昼の神様であったのか?それとも天使長ルーシェルであったのか?
    対象格位は女性を指しますから、ここは女神としての昼の神であると考えるのが妥当です。

     

    神様が二人という問題が生じますが、第一原因としての神様は夜の神様であり、その存在を支えたのが昼の神様です。
    厳密にいえば昼の神様の方が後から生まれた形ですから被造物のようでもあります。
    被造物を神様と呼んでいいのでしょうか?
    第一原因である神様の存在を支え、それ以外の存在を生み出すことに大きく影響を与えた存在であれば、彼女を神と呼ぶことは大して問題にはならないと思います。
    (こんな表現でいいのでしょうか?)

     

     


    『天地初めて発れし時に、高天原に成りし神の名は、天之御中主神(あめのみなかぬしのかみ)。
    次に、高御産巣日神(たかみむすひのかみ)。
    次に、神産巣日神(かみむすひのかみ)。
    此の三柱の神は、並に独神と成り坐して、身を隠しき。
     次に、国稚く浮ける脂の如くして、くらげなすただよへる時に、葦牙の如く萌え騰れる物に因りて成りし神の名は、
    宇摩志阿斯訶備比古遅神(うましあしかびひこぢのかみ)。
    次に、天之常立神(あめのとこたちのかみ)。
    此の二柱の神も亦、並に独神と成り坐して、身を隠しき。
     上の件の五柱の神は、別天つ神ぞ。

     

     次に、成りし神の名は、国之常立神(くにのとこたちのかみ)。
    次に、豊雲野神(とよくものかみ)。
    此の二柱の神も亦、独神と成り坐して、身を隠しき。
     次に、成りし神の名は、宇比地邇神(うひぢにのかみ)。次に、妹須比智邇神(いもすひちにのかみ)。
    次に、角杙神(つのぐひのかみ)。次に、妹活杙神(いもいくぐひのかみ)。
    次に、意富斗能地神(おほとのぢのかみ)。次に、妹大斗乃弁神(おほとのべのかみ)。
    次に、於母陀流神(おもだるのかみ)。次に、妹阿夜訶志古泥神(あやかしこねのかみ)。
    次に、伊耶那岐神(いざなきのかみ)。次に、妹伊耶那美神(いざなみのかみ)。
     上の件の、国之常立神より以下、伊耶那美神より以前は、并せて神世七世と称ふ。』

     

    古事記に書かれた初発の神々の行です。
    神様が次第にご自身の形をつくられていくように見えてとても興味深い表現です。
    独神と成り坐した神は、身を隠していますが、宇比地邇神と妹須比智邇神の二柱ペアの神以降は隠れてとはされていません。
    霊的にも相対関係を結べば存在を確立できることが見て取れる箇所です。
    独神と言いつつも天之御中主神以外のお名前を見るとそれぞれ何となくペアになってるかのような感もあります。
    ペアシステムについては聖書よりも古事記の方が的を射るかもしれません。

     


    1994年の女性訪韓セミナーの御言には相対関係を結べば宇宙が保護すると書かれています。
    主体者にとっても相対者は自身の存在のためにも必要欠くべからずの存在なのです。
    唯一の対象格位を相対と呼ぶのも貴重な存在であることを表しているのですね。

     

    この、存在できることの重要性については『無』を理解しなければならないのですが、これは庶子の知恵です。
    無から有へ移行するためにどれほどのエネルギーと意志力が必要でしょうか?
    相対を生み出すことによってはじめて存在は安定的に存在できるようになるのです。

     

    相対は生み出された存在です。
    親子のようですが陽陰の関係なので夫婦です。
    真の御父母様が親子の様な年齢差でご夫婦になられたことはこのことと重なってきます。
    お父様が何も知らないお母さまを教育したという御言とも重なります。
    天宙復帰にかけられたお父様の執念は、存在し続けることを決心した神様の執念を相続しています。

     

    男と女では熱量が違います。

     

     

    | おーば | - | 22:57 | comments(2) | trackbacks(0) | - | - |
    おはようございます!記事アップありがとうございます!今回の内容、古事記が出ていて、より本質的な創造の過程に焦点を当てている事が私的にはうれしいです!

    神様(創造神)は、まず霊界を創造されたと思います。そして人(霊止)を創造されました。やおよろずの神々の事だと思います。神代の時代の事で、その時代はとても長く続いていたようです。男女の神々がたくさんいて霊人同士でも普通に結婚していたようです。

    「霊界物語」(出口王仁三郎著)を少しずつ読んでいるのですが、ただの創作ではなく啓示的な内容なのかなと思っています。

    霊界物語には天使の存在もたくさん出てきますが、どうやら天使というのは役職?のような感じで、地上に転生した神々(神の子達)をサポートする役目、公務員のような立場なのかなと思います。そして人間と天使の違いは、地上に転生したか霊界に留まっているかの違いだけで、同じ神の子だと認識しています。

    また、「天使と人間の堕落」についてですが、もしかしたら地上ではなく、神代の時代の霊界での出来事だったのではないか?とも思っています。アダムとエバも霊人として存在していたのかも知れないとも思います...。いろいろ想像してしまいます。

    創造の過程については、以前師観さんのブログのコメントで、銭湯大好きさんが紹介して下さったネット番組CGSの「闘戦経」で、古事記を元にとても詳しく説明されていてとても勉強になりました。

    最近のブログ村では、夜の神様昼の神様の解釈がいろいろあって、何だかよくわからないというか、スッキリしない感じです。私もあまり深く考えないようにしていますが、桜葉さんの解釈が合っているような気がします。

    それにしても、文先生の御言難しいですね!難し過ぎ、簡単に理解できないようにいくつもの仕掛けをしているとしか思えません!その結果、解釈を巡り混乱する状態?を作ってしまったような気がします。

    長々とすみません!これからも記事楽しみにしています!
    | 海がめ | 2019/06/16 11:17 AM |
    海がめさん コメントありがとうございます。

    色々と勉強していらっしゃいますね!頭が下がります。
    そのうち私の勉強不足が露呈する日も近いかもです。
    なにしろ分からないことが沢山ありすぎです。
    徐々にでも理解できるようになるといいんですが。

    文師のみ言葉が難しいのは八段階の全てに向けた言葉が混在しているからかもしれないと思います。
    僕向けと庶子向けでは180度変わってしまうこともありますから。
    多分人知で読み解こうと思ってはムリなのかもしれません。
    霊的な導きが必要なのではないかと。

    同様に、世の中に多くの啓示が与えられていると私も感じるところですが、これらもまた、必要な時に必要な言葉に巡り合わせていただける妙を感じるところが多くあって、一緒に学んで成長していけると嬉しいです。

    | 桜葉佳代 | 2019/06/17 1:08 PM |









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