サクラ・Leaf(おーばのつぶやき)

東京下町の零細企業で仕事をしながら日々の思いを綴ります。
様々に問題意識を抱えながら突破口を探しています。
元統一教会信者・現在は独り、世の矛盾にどう盾突こうかと悶々とする日々。
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七つの封印-9 男女の問題
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    実子の話に移りましょう。
    ヌーソロジーについて引き続き「奥行きの子供たち」という本を読んでいるけれど、
    このブログで書いてきた話と似たものを感じます。
    なので類似点と相違点をきちんと整理しないといけないけれど、話がそれてしまうから先へ進むことにします。

     

    庶子と実子の決定的な相違点は夫婦であるかないか。
    たしか祝福講座でやったっと思うのですが、長成期完成級までは個人路程で、長成期完成期でメシアを迎えて祝福を受ける。
    完成期からは男女ペアで上がっていく。

     

    祝福を受ける時に、自分は長成期完成級まで成長期間を全うして受けたという人はどのくらいいるでしょうか?
    とりあえず、信仰年数と、伝道実績と、献金実績を全うできていればいい方です。
    人数が足りないから、年齢が高いから、カップルの片方だけが頑張った既成祝福とか、色々ありました。

     


    伝道実績というのは愛の成熟度の問題です。
    献金実績というのは万物主管の問題です。
    伝道による愛の成熟は兄弟姉妹を愛する養子圏の愛を意味しています。
    万物主管は万物の長である天使の主観を差し、庶子圏で越えるべき天使の屈服を意味しています。
    祝福を受ける前に天使の屈服を済ませたカップルはいらっしゃいますか?

     

    神様は人間を男と女に創造されましたので、男女の在り方、夫婦としての在り方をクリアしなければならないタイミングはどこかで訪れます。
    そのタイミングが実子として超える四つ目の封印・夜の神様と昼の神様の問題になります。

     

    創造主は唯一の神様であられるので、夜の神様と昼の神様というのはお一人の神様の陽陰あるいは性相的部分と形状的部分を表した言葉であるとか、
    万物を創造される以前の神様と創造されてからの神様を表示しているんだとか言われますが、

    私は夜の神様と昼の神様の問題は夫婦の問題と捉えています。

     

    御言の中に昼の神様は女性だというのがあります。
    女であり体であるとも言われていますが、擬人化してイメージすると、わけが分かりませんよね?
    女であり体である昼の神様ならば、男であり霊であろう夜の神様をどうイメージしたらよいか分かりませんよね?
    ここは2016年に書いた『夜の神様昼の神様』のシリーズで説明したのですが、霊として、男(主体)としての夜の神様が先にいらして、
    存在し続けるために体として、女(対象)としての昼の神様を生み出したような形です。
    創世記に於いて、アダムのあばら骨をとってエバを創造したイメージです。
    だからエバは『骨の骨、肉の肉』として存在する。
    じゃあアダムのあばらは骨じゃなかったのかともなりますが、霊的な世界での話として男の中のしっかりとした形の部分から女が出たという話です。
    具体的には言葉です。「光あれ」。
    こう考えると夜の神様と昼の神様はカップルであるとしたら年の差婚です。
    双子で結婚しなければならないとかいう御言もあるようですが、
    これは同じ父母から生まれた兄妹という意味よりも、同じ年齢でのカップルになりたいという希望ではないかと感じます。

     


    ブログ村を見ていると、実際の肉体を付けた人間に重ね合わせてとやかく言う話が多いので、実にどろどろとした話になっています。

    (もっとも、実際の人間に重ね合わせる時には夫婦の問題として考えてはいるのですね。)
    創世の、霊的世界の話としてきちんとイメージできればもう少し冷静な話ができるのですが、
    ここをきちんとイメージするには、先出の『庶子の知』を理解しなければ難しい話なのです。
    そして、『庶子の知』を持つためには、養子としての『兄弟姉妹の愛』が必要です。
    この愛を持てなければ、神様との信頼関係を築けませんし、『知』を持つことの優越感に負けて自己中心的な『僕の僕』としての情にまで落ち込んでゆきます。

     


    『男』であるというのは『主体』であるということです。
    肉体的に男性であるから自動的に『主体』になれるわけではありません。
    『男』というのは『主体』という意味なのです。
    アボジが私たちに堕落エバと天使長しかいないと言われたのも、真の意味での主体的存在、対象的存在がいないことを意味したのだと思います。

     


    それで、真の主体性(男性)、真の対象正(女性)が何か?
    色々な表れ方がありそうな気がしますが、一つだけ外せない条件が、カップルが一体化し、永遠性を持つように機能する要素であるということ。

    これは神様の創造理想を実現するにはそうでなければ成り立たないということです。
    これは伝統的な男らしさや女らしさでは表現できないと思うのです。

     

     

    祝福二世の中に性同一性障害を抱える子たちがいるようです。
    自分の生理的な性に違和感を持つとはどういうことでしょう?
    女の子が自分は女じゃないと言いながらも、男の子であることを経験しているわけではないのですから、単純に『性』の問題への違和感でしかないのではありませんか?
    女である、男であるということが社会的に表す記号に違和感を感じていることの方が多いのではないかと思います。
    異性よりも同性の方が好きというのも、好きという感情は嘘ではないにしても、偽りの性愛しか示されていない現状です。
    同性愛も異性愛も、本然の性愛が見出されていない状況では目くそ鼻くそです。
    ただ、肌の接触などに心地よさを感じることは、性の喜びと言うよりも生命への愛着なのかもしれません。
    実際、生殖器は肉体のどの部分よりも敏感な構造になっている現実もあります。
    この部分が肉体的に発達する時期に、性に対するいびつな価値観の中にいることはとても不幸なことです。
    一旦感じた違和感は、そうそう消えるものではありませんし、
    一旦思い込めばその思いを助長する情報を集めやすいです。
    今は様々な情報にあふれています。
    悲しいかな、統一運動は純潔運動はしても真の女性らしさの価値、真の男らしさの価値は提示できていません。
    実に平面的な男尊女卑になってしまっているようです。

     

    私たちはもっとこの問題について語り合わなければなりません。

     

    | おーば | - | 23:07 | comments(2) | trackbacks(0) | - | - |
     最近の記事で初愛で完成という記事を書きました。そして、性同一性障害というのは至って、人間だけの問題であり、霊的問題から来ていると位置づけます。動物の世界ではありえないですね。そしてさらに考えを発展させると、有形実体世界ではありえない、人間の肉身を含めてありえないという理論展開になります。

     そのような立場で考えた時に、男性とは、女性とは、それぞれの神の創造の動機から見た立場が、おっしゃられる様な内容だと考えます。それを明確に知らないといけないかなと記事を読んでいて感じました。神を見失った肉身の感覚の問題かなと思われます。神から見た男性の価値、女性の価値を感じることができれば問題解決されると思います。
    | コスタ | 2019/05/20 2:29 PM |
    このテーマは手掛かりがまだ少なくて、コスタさんの記事に『初愛』という言葉がよく出ているのは気になっていました。

    全てがペアシステムなので、愛による一体化が無ければ本来的な完成はないということは理解できます。
    創造目的は四位基台の完成です。
    み言葉には一体とならなければ、家庭的四位基台を作らなければということは印象に残っていますが、男性とは、女性とは、そういった観点のものを探さないといけないと思っています。
    | 桜葉佳代 | 2019/05/22 6:18 PM |









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