サクラ・Leaf(おーばのつぶやき)

東京下町の零細企業で仕事をしながら日々の思いを綴ります。
様々に問題意識を抱えながら突破口を探しています。
元統一教会信者・現在は独り、世の矛盾にどう盾突こうかと悶々とする日々。
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七つの封印-7
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    前回、ちょっと書き散らかした感じがありますので改めて。

     

    庶子について重要なのは

    ●神からも人からも捨て去られた立場に立ってなお神を愛する。

    ●霊について正しくかつ具体的な認識をもってこれを主管する。(天使の屈服)

    の、二点です。

     

    順番としては、

    捨て去られてなお神を愛するその心情をもって天使を仮りに屈服し、

    天使からの信頼を得るために天使からの試みを受ける。

    その試練の過程に置いて、霊的存在の様相についてのレクチャーを受ける。

     

    この過程のハードルがそれぞれ結構高いという事に気づきます。

     

    1・神から捨て去られる

    神に捨てられるには、一定の信頼関係を結んでいなければ捨てられることはありません。

    養子圏で信義のみかえりをある程度実感していてこそ、『捨てられた』事実を知ることができます。

    最初から信じていない僕の僕ならば神との関係が切れても何も気にしません。

    具体的には与えられていた祝福が奪い去られたり、導きを感じられなくなったり。

    他にもあるでしょうか。

     

    2・人から捨てられる

    これも同様に、人との関係をある程度築いていなければ『捨てられた』とは思いませんよね?

     

    ちなみに、1は信仰基台で2は実体基台です。

    この二つが立てられていることが庶子として踏み出す要件になります。

    神と我の関係、兄弟姉妹との関係あるいは復帰した基台基盤。

    家庭連合で教わる信仰基台・実体基台とは少し様子が異なります。

     

    3・人から捨て去られてなお神を愛する

    自分が基盤として立っている足元が崩れ去るようなものです。

    それまで大切に築き上げたものを失ったり、裏切られたような立場に立たされます。

    多くの人が神を恨んで人に屈します。

    これはヨブ記を読んでみてください。

    ヨブはまさに神と人から捨て去られました。

    そして彼の妻は神を捨てることをヨブにすすめています。

    そして友人達もヨブのことを非難します。

    また、教会に躓いた食口達の多くが教会を非難し、社会に復帰することを目標とします。

    教会をたたき出されてなお、神様を慕って分派を立ち上げてしまうような人たちは、

    大概ここまでをクリアしています。

     

    4・本当に神様を愛しているのか、霊的試練を受ける

    イエス様の三大試練のように御言葉による試練です。

    あ、「石をパンに変えよ」は3ですね。

    神様との心情関係が試みられます。

    祈りが通じない霊的な乾きが与えられます。

    また、信じて行うことが裏目になったりします。

    神に捨てられることで還俗する人も多いでしょう。

    試練なれして神を試みようとする傲慢な心を少しでも見せれば、天使が神に代わって彼を守る振りをしながら逆主管してくるでしょう。

    逆主管されたことに気づかず、自分は神に選ばれたと勘違いして僕の僕へと落ちるのです。

    本当に打ち砕かれ、小さくさせられる試練です。

     

    5・神様の愛と理想を理解しているかが問われます。

    力量の足りないことを自覚しながらもみ旨を愛する意思を問われます。

    天使は世界を見せるその段階で実存について(霊界について)も教えてくれます。

    その『真理』と引き換えに、『愛する』ことをやめるように要求してくるのです。

    愛するというのは自分の事情ではなく神様の事情に立つことです。

    『愛する』ことをやめればこれも自己中心的個人霊界に引き戻されますので僕の僕に堕ちます。

     

     

     

     

     

    必要な項目としてはこれでいいと思います。

    キリスト教的信義の信仰の次のステップとして、峠・十字架を越えていかなければならない故に考えられる事柄。

    庶子という言葉が示す意味合いとして、み言葉から読み取れる捨て去られた立場、社会からの廃絶。

    実子として祝福される前に通過しなければならない本来的な条件として、神と我の関係の確立。

     

    これらのことは、統一教会を選択した時点で疑似的に通過したと感じる人も多いでしょう。

    親を棄て、仕事を棄て、財産を捧げてこの道に来た時に、環境からおもいきり反対を受けた人も少なくはないはずです。

    それはお父様から祝福を受ける条件となっているはずです。

    それが条件的と言われ、完全なものになっていない理由は、完全な孤独の中に身を置くことになっていないからです。

    すべて捨てたと言いながら、教会には兄弟姉妹がいたわけです。

    真の父母が護ってくださる環境下にあったわけです。

    入信当時の私たちには伝統的な信義の信仰は培われていませんでしたから、

    いきなり孤独な環境で神と我の関係を築くことなど不可能でした。

     

     

     

     

    何故このような試練が与えられるのか?

    堕落の蕩減としての意味合いは原理で書かれているように、逆の経路をたどるということなんでしょう。

    命がけで堕落したのだから命がけで帰らなければいけないとか、

    戒めに反したのだから戒めを守らなければいけないとか、そういうことでしょうか?

    否。

    自立に必要な道筋であるからです。

    人の心が成長するために必要な事柄だからです。

    自立するために、親は干渉することができない。

    簡単なルールではないのです。

    簡単なルールであれば、失敗してもうまく取り入れば目こぼしして貰えるんじゃないかとか、

    愛の神様ならば恩恵でもってそのうち皆救済してくださるんじゃないかとか思えますけれど、

    これは化学反応みたいに厳密で、炭素は高温高圧に晒されて輝くダイヤモンドになりますが、足りなければ真っ黒な石炭です。

     

    通過しなければならないのです。

     

     

    統一教会に入信してから統一原理と多くのみ言葉をいただいた私たちですが、

    孤独に捨て去られた後にもう一度原理のような内容を教えていただくのです。

    人間が霊肉の存在であることの詳細を理解するようになるのです。

    原理講論では明確にされていなかった内容です。

    何年か前にスピリチュアル系でよく耳にしたアセンションの問題でもあります。

    霊的な事実を実感的に理解するようになります。

    この時に指導に当たるのが霊的存在とのコンタクトになります。

    指導霊とかハイヤーセルフとか表現できるのかもしれませんが、多くの人がこの指導霊に主管されてしまいます。

    多くの元食口たちが神様から離れていくのをネットを通じて目撃しました。

     

     

     

    かなり端的な書き方をしましたが…ここまでやってきて失敗すれば心情世界において僕の僕です。

    でも、外的には人やお金を集めることには成功する人もいます。

    逆にクリアした人達の方が、外的には何も持っていないケースが多いんじゃないかと思います。

    まだそういう時です。

     

     

    とにかく、神の子女として自立した個性体であることが求められます。

    命令通りに動くロボット、あるいは主人の好みを完璧にマスターした家政婦や執事が求められているのではありません。

    宗教活動の大部分は、高級家政婦養成所のようです。

    仕方ないこととも言えます。

    神・メシアを『主』と仰げば、仰ぎ見る信者の立場は必然的に『僕』です。

    宗教卒業の必要がここにあります。

     

    また、『主』の立場からの言葉は命令となり、命令に従うのは僕なのです。

    自立して自らの行動に責任をもって選び取ろうとするときには、命令に従って行くことはできません。

    「誰の言葉も信じてはいけない」というアボジのみ言葉も、この辺りを表しているのかもしれません。

    そして、庶子としてゆくべき道についてはあからさまには語ることができないという『原理』が生じます。

    『主』の立場からは語れないのです。

     

    私は書きますよ。

    私には何の権威もありませんから、私ごときの言葉を参考にするかしないかは受け取った皆さんの自己責任ですから。

     

    | おーば | - | 17:02 | comments(6) | trackbacks(0) | - | - |
    おはようございます!今日初めて読んだ統一ブログが桜葉さんのこの記事でした。そしてすぐコメントを書いています。最後の文章、頼もしいです!かっこいいです!思わず感じた気持ちです。難解な文先生の御言葉の真意をひもとくのは大変だと思います。私は正直、御言葉を深く理解しているわけではなく、洞察力も忍耐力もあまりありません。だから外側から真理を探し、原理と御言葉に光を当てて検証する?という感じです。表現方法は違っても、真理であれば必ず共通点があると思うからです。桜葉さんの御言葉に向き合う姿勢、尊敬しています。御言葉の解釈はみんな少しずつ違っていても良いような気がします。宗教を統一する必要はなく、教義を乗り越えたところに神様は存在していると思います。
    | 海がめ | 2019/04/23 9:22 AM |
    海がめさんこんにちは。有難うございます。
    かっこよくも、頼もしくもないですし、尊敬されるようなことは何一つないです。
    私は神様の命令から逃げ惑ったヨナみたいなものです。
    大きな魚のお腹の中に飲み込まれてようやく動き出したようなものです。
    みーんなそれぞれの個性があるので、その人にしか分からない世界ってありますよね。
    でも、同じ神様から出てきたものだから共通するところもあって、だから助け合ったり支えあったり、そして愛し合えると思ってます。
    み言葉、難しいです。
    そしてあまりにも膨大なので、一人でどうこうできるものじゃありません。
    みんなで掘り出して語り合っていくことで、お父様と神様の願いが人々の間に共鳴していくのがとても幸福なんじゃないかと思います。
    語り合いましょう!
    | 桜葉佳代 | 2019/04/23 8:43 PM |
     この世界が見えますか。この世界が見える人はほんと数少ないと思います。体験しなければ分からない世界ですから。殆どの人は感じることができないでしょうね。今の状態では難しいです。一番目でも難しいです。

     私は皇族の記事を書こうと思ってます。これを書けば、このレベルの人々はきっと感じてくれると思ってます。

     私は皇族の人々からも事件があって無視されている(勝手に思っている)状態です。ある面、無視される事件を起こさせたかもとも感じています。一番つらいことなのですが、それでも神を愛する心情は忘れないようにしたいです。
    | costa | 2019/04/25 1:18 AM |
    costaさん、ありがとうございます。
    ブログは拝見しています。
    早々にご紹介してくださって感謝です。
    見てはいたんですが何とコメントしたらよいかがわからなくてそのままになっていました。

    数少ない人たち、されども確実にいらっしゃる。
    これはすごいことだと思いませんか?
    この峠を越えさせるためにお父様が示された生き様があり、
    イエス様の十字架があるのです。

    神に愛されるものは神からの訓練を受けることは聖書にさえも書かれています。

    里見八犬伝で伏姫の忘れ形見ともいうべき八つの玉を分け持つ八人の犬士が集結して玉梓が怨霊を打倒した物語。
    打倒サタンでは表現が何ですが、いずれ集結して天国の礎が築かれることを信じています。

    costaさんもますますのご活躍を!
    | 桜葉 佳代 | 2019/04/25 11:50 AM |
    こんにちは^^。
    どうやって、こうわかりやすく書かれるのでしょう。スゴいです。

    私はここのところ、同じ所をグルグル回ってた(成長がなく、止まってしまったような)感じでしたが、最近久しぶりに韓国と日本の関係の悪さにより、またひとつ大きな峠が来たような感じです。

    桜葉さんは、ご自分の十字架を受け入れて、多くの試練を乗り超えてならではの記事を書いていけるのでしょうね…。
    「捨てられる」「霊的試練」を経験された
    ぶん、悟られたことも多く、それを公開していただいてるのは、とても感謝です。

    >私は書きますよ。
    どんどん書いてください!
    すごく楽しみです。

    気がついたら、もう8月が目の前でした。
    軽く30℃を超えてます。そちらも暑いでしょうね。熱中症にご注意を^^
    | koguma | 2019/07/30 6:00 PM |
    kogumaさん
    わかりやすくって、言っていただいて嬉しいです!
    なかなか伝えることが難しくて四苦八苦しています。

    国家間の問題はなやましすぎます。
    最近は、韓国人でも理性的に問題を整理して自ら改めるべきは改めないといけないんだという主張が紹介されたりもしているのが希望です。
    だけどエスカレートさせようとする動きの方がやっぱり目立ちます。
    苦労は、韓日婦人から比べれば、私のものなど何でもない...。

    どうぞ身辺ご注意してお過ごしくださいませ。
    | 桜葉佳代 | 2019/08/01 10:07 AM |









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