サクラ・Leaf(おーばのつぶやき)

東京下町の零細企業で仕事をしながら日々の思いを綴ります。
様々に問題意識を抱えながら突破口を探しています。
元統一教会信者・現在は独り、世の矛盾にどう盾突こうかと悶々とする日々。
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七つの封印-6 天使の屈服
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    6回目でやっと『庶子』について書き始めます。
    七つの封印というタイトルにしたからには、一回で一つの封印について書けばいいだろうと安易に思っていましたがとんでもないことになりました。
    八段階を立体化したところから考えれば8回目ですし、去年の原罪についての記事も伏線になっていたようです。

     

    『庶子』と『養子』はあからさまに違う存在です。
    『養子』は血のつながりがありませんが『庶子』は血がつながっているのです。
    血統問題ですね。
    『庶子』とは原罪の無い立場であり、神の血統に連なる立場ということになります。
    祝福で原罪が脱げるのならば、祝福家庭はすべて庶子以上の段階に居なければなりません。
    血統、原罪の問題であれば、『メシヤ』との関係性に触れる必要があります。

     

    先出の四研もこの『庶子』に拘ります。
    ここら辺のことを考えていると、文師がなぜあからさまな表現でみ言葉を語り得なかったのか?
    人間の責任分担って何なのか?
    統一教会がどうして地上天国に到達できないのか?
    などの事情が痛々しく感じられます。
    だけどどこまで書ききれるだろう?

     

     

     

    さて、「血統転換であればメシアからの祝福を受ければそれでいいではないか」と考える人もいるでしょう。
    祝福を受けるというのは外的な行為でしかありません。
    行為をもって義とするのは『行義』の信仰であり『僕』の基準でしかないのです。
    「いや、信じて受けるのだから少なくとも『信義』の『養子』基準はあるだろう」と言うかもしれません。
    だけど、受けたくなかったけどカップルの片方が望むから受けたなどという人もあるわけで、
    要は備えた基準によって恩恵が違うという事です。
    このシリーズの“3”をもう一度ご覧ください。
    『養子』の行程をきちんとクリアしていることは必須です。

     

    『条件祝福』ということばもありますね。
    では『本然の祝福』の基準が何かと言うのです。
    もっとも、『本然の祝福』はどうやら『実子』基準と思われますので、『庶子』は一つ手前の基準という事になります。

     

    『庶子』の立場は少し特殊なのかもしれません。
    1969年の御言が訓読友の会から流れてきましたが、
    「復帰路程というのは、個人復帰、家庭復帰、氏族、国家、世界というふうに展開していく。」と、始まっています。

    http://kundoku.blog-fps.com/kyounomikotoba/

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    『庶子』に対応するはずの『民族』が抜けています。
    昔唱和していた『私の誓い』では「個人と家庭と社会と国家と世界と天宙」になっています。
    八定式が1989年に行われる以前には『庶子』とは隠された立場だったのかもしれません。
    (天聖経の中で八定式の項目89年4月の御言に『民族』の記述はありますね。…天聖経くらいは通読しないとだめかも…)

     

     

     

    内的に備える基準は何か?
    図中に「天使の屈服」と表現しました。
    聖書の中ではヤコブの「天使との組打」のエピソードが有名です。もう一つ、
    イエス様の「三大試練」がありますが、これも試練の後に「天使が仕えた」とあり
    ます。

     


    天使の屈服と言いましても、そもそも天使なんて見たこともないと言う人が殆どです。
    そんなもの居るのか?という話でもあります。
    屈服させるとか言うのならば先ず、出会わなければなりませんし、出会ってそれと分かるくらいに知らなければ困ります。

     

    原理講論的には、
    天地創造の早い時期から存在
    仕える霊・協助者・讃美者
    人間始祖の養育係・守護者
    くらいの解説があります。

     

    仕える、協助、讃美、人間の守護というのは存在の本質にかかわる属性ではないですね。
    講論には使命という表現もありますが、これらは結果的な行為です。
    使命という割には、それを離れて行動しています。

     

    存在論的には、
    肉体を持たない霊のみの存在であり、
    天地創造の業に関われる高い知性と、
    讃美者というのは美への感性すなわち情緒性を持ち、
    そして使命を離れて堕落の道を選びうる自由意思を有している
    ということです。

     


    この存在は死者の霊たちとよく似ています。
    私たちに接してくる霊というのはかつて地上生活を送ったことのある人間の霊か、
    地上生活の経験がない天使の霊かということになります。
    神の霊という可能性も無いとは言いませんが、こと『唯一神』はその狒潅劉瓩寮質から犖鎚明瓩療世膿祐屬領遒箸楼貔を画します。
    狒潅劉瓩任△襪里倭和ぜ腓瞭胆ですから、『天使』には犖鎚明瓩あると考えられます。

     

    養子信仰の時には、人間同士の関係が平等であるように、
    霊的存在との関係も平等に向かうことが鍛錬されます。

    その鍛錬が祈りを通じた対話です。

     


    私たちは信仰生活を通じてこの霊たちに関する感性を身に着けていきます。
    そのためにも正しい信仰指導を受ける必要があります。
    そして祈りを通じて霊的な体験を多く積む必要があります。
    キリスト教会などでも、『聖霊体験』は珍しいことではありません。
    いたずらに怖がっていてはいけません。
    霊を恐れ敬うような指導は、『僕』信仰の時点での指導です。
    原理にも、私たちは天使をも主管する存在であるとされています。

    霊的な存在の全てが『神』ではありませんので、霊的存在の「お告げ」は必ずしも正しいことだと考えてはいけません。

     

    天使にしても祖霊にしても、彼らには自由意思があるとすれば、『嘘』をつくこともできると知らなければなりません。
    悪意の嘘なのか、善意の慰めの嘘なのかもしれません。
    私たちは自分の人生に責任をもって生きる必要があります。
    個性完成というのは、人柄がどうとか、他の人と比較してよりオリジナリティが高いとかいう問題ではありません。
    それ以前に、自身に責任を持つという基本的な事からスタートしなければならないのです。
    誰かから与えられたものを身に着けていればいいということはありません。
    誰かから与えられたものがふさわしいものであるのかないのかを自分で判断して身に着け、あるいは手放すのです。
    この判断力こそが『個性』を築き上げます。

     

    堕落した天使、してない天使(いるのかどうか知りませんが)、霊界にいる堕落人間の霊、あるいは聖霊であったとしても、
    これらの誰が尋ねてきても、私たちは自らの行動の基準を彼らに任せてはいけません。
    彼等の言葉を受け止めた上で判断すべき事柄は自分で考えて自身の愛の基準で行動することが必要です。
    彼等を友人・隣人と認め、地上生活の友人・隣人と同様に対することが必要なのです。

     

    「天使が仕えた」というのは僕として仕えるというよりも友として尊敬されると考えるのが妥当でしょう。

     

    | おーば | - | 12:44 | comments(8) | trackbacks(0) | - | - |
    あのヘビのことを言ってると思いますが、
    前提として、天使のルシファー≠ヘビです。
    あの講論は、前提がデタラメなんです。

    >天使にしても祖霊にしても、彼らには自由意思があるとすれば、『嘘』をつくこともできると知らなければなりません。

    →これかなり重要です。
    人間の心はリアルタイムに動いてます。
    創造時、霊体100%
    人間は猿から進化してないです。

    根源神は100%善です。でもいろんな側面があるようです。ここまでしか言えないです。
    心の中には善、悪等元々存在してるんです。
    進化のためです。堕落では無いです。
    完全な妄想、思い込みです。
    葉で隠す→性器・淫行という直発想は地獄発想にリンクしてると思います。

    まず、比較し違いを認識するのが最初です。
    この思いがすべての元です。
    この比較心が罪の元です。赤ん坊は元々そういう比較、違い認識はしません。
    根源神の分魂がそれぞれ人に宿ってる=元々内在してるんです。
    天に祈るまえに気付くかどうかが先です。

    比較心は起こるんですが、それを凌駕する心の成長が必要なんです。そのための人生です。
    血統転換なんてまやかしです。神の完全なる冒涜です。
    悪の思いが悪魔を創造してます。
    必ず自業自得が起きます。
    教祖の変な思いに感染すると、垢が媚びり付くと、垢落としが無茶苦茶大変です。
    霊界では成長・進化できないので。
    地上のように、朝日が昇り、夜沈む世界ではなく、
    普通の霊界では日は永遠に在る状態で、地獄は日が無いというか、ずっと見れない状態と思ってます。

    時間の経過があるのはこの世のみです。
    →神の恩寵・救いです。霊界(3次元以外)は時間の意識が元々ないので。
    | toramaru | 2019/03/26 8:05 PM |
    toramaruさま

    面白い方ですね。
    気になるポイントを突いて来られる。
    統一原理はご存知だけれどプラスアルファで何か学ばれたのですか?
    私は雑学程度に西洋哲学史をかじり、原始仏教とかつまみ食いしました。
    そしてキリストの教会に所属してますけれど普通のクリスチャンの信仰にはギャップを感じています。
    あ、分派の話もちょっと聞きました。

    この記事ではあのヘビのことは念頭にありませんでしたが、ヤコブやイエスの話とエバとヘビの話は同列ですね。
    成功したか失敗したかの違いはありますが。講論のデタラメ加減は前提というよりも設定じゃないかと思っています。
    『比喩と象徴によらない新しい真理』の必要性を最初に説きながら比喩だらけです。
    つまり原理講論自体は新しい真理ではないんですよね。

    ときに、創造時霊体100%というのは天使と呼ばれる存在と同じですよね?
    天使が肉体を着たのが人間という意味にとれます。
    「神々が地上に降りてきた」という神話は各地にあります。
    根源神=創造神でよろしいでしょうか?
    一神教的な神の存在から考えれば、多神教の神々と天使的存在は重なると私は考えています。
    肉よりも先に霊が創造されたという考えはありだと思います。
    肉体の意味の理解が必須ですが、ほとんどの人は当たり前すぎることを考えない。

    100%善という発想は危険だと思っています。
    何故なら、善という概念は悪という概念とセットになっているからです。
    根源神は100%善であるなら、そこには善という概念すら存在し得ません。

    後に善とか悪と呼ばれる要素が根源神の内に存在していたはずですが、静と動みたいな要素ではないかと思います。
    善だ悪だと色分けしてしまったのは人間なのではないかと思うんですが、創世記に『善悪知るの木』とあるのが、
    堕落以前から悪の概念があったかのような表現に見えてしまいます。
    結果そこから善悪が生じたから後付けで命名した可能性もありますけどね。

    性器・淫行→生物学的な血統に影響というのがUCが嵌ってる罠ではないでしょうか?
    拘り過ぎて争いを呼んでいますね。

    比較し違いを認識するのは創造性に繋がります。
    そこに二者が確立されて授受作用が可能になるのですから。
    比較して相手を愛するのか批判するのかが問題だと考えています。

    天に祈る前に気づくかと言われましても、
    気付いていない大多数がどうやってそれに気づき、自覚すれば良いでしょうか?
    自分の中に霊的要素があるかないかも理解できないうちには祈ってみるしかないんですよ。
    霊とか魂とかを実際に使ってみる行為を祈りくらいしか思いつかないのですが、まぁ、定型文を声に出して読めばいいとかいうものでもなく、
    祈りという行為自体極めていくのが難しい場合もありますよね。
    ああ、聖歌や讃美歌を大きな声で歌うのも気付き効果がありますね。
    感じ取るしかないので。

    生物学的な血統には大した意味はないと私も考えます。
    私は文師の言葉を読みます。
    表面的に読めばまぁ、無茶苦茶です。
    今2005年発行の『罪と蕩減復帰』読んでますが、トラップだらけです。
    文師の思いがどこにあるのか、もう直接お聞きすることもできませんが、残された言葉から何を読み取るのかは『私』の責任です。
    自分が量るその秤で自分自身が量られる。
    聖書も馬鹿にしちゃいけませんね。

    時刻は他者との交流のための基準として存在してるのですかね?
    他者と出会わなければ比較もできません。
    出会った他者を裁くのか?愛するのか?
    多くを愛せる魂として成長してまいりましょう。
    | 桜葉佳代 | 2019/03/27 12:26 PM |
    お久しぶりでございます……(^^;

    いろいろありまして、ブログから遠ざかっていたため通読出来ていません。m(_ _)m

    ゆえに思考低下によりついていけてないですが、今回の記事で心に刺さったところはここでした。(^^)
    >堕落した天使、してない天使(いるのかどうか知りませんが)、霊界にいる堕落人間の霊、あるいは聖霊であったとしても、
    これらの誰が尋ねてきても、私たちは自らの行動の基準を彼らに任せてはいけません。

    かなり重要だと思います!光を纏う可能性もありましすし。

    | 先駆者 | 2019/04/10 3:26 AM |
    先駆者様!お久でございます!!

    ま---、、私もかろうじて続けてるみたいなところがありまして。
    でも書くべきことは未だ続いてるので書きます!

    お互いに、自立した霊性を保ちたいですね。

    ところで光を纏う可能性とはどの辺を指しているのでしょう?
    | 桜葉佳代 | 2019/04/11 1:22 PM |
    桜葉様、
    全般的なことです。
    霊的な存在が光を纏って(良いもののフリをして)訪ねてきて、いかにもなことを告げられ、融通が利かなくなったりしやすいなあと。
    その場合、あくまでも人が主体なので、人が望んだ通りのことで満足させて誤誘導していくと。
    なので、桜葉さんが言われたように
    >自らの行動の基準を彼らに任せてはいけない
    という事だと思いました。



    | 先駆者 | 2019/04/12 9:15 PM |
    光を纏う。
    そういう意味合いでの表現でしたか。

    天使の振りをして悪魔がたぶらかしに来るような話って昔から聞きますよね?

    最近ちょっと気になっていることですが、
    「霊界に行くと全てがあからさまになって隠し事ができない」
    って話を聞きます。
    そんな状況ならば嘘は付けませんが、
    光を纏って嘘をつける霊人と、全く抵抗できずにホントのことしか言えない霊人がいるってことになります。

    。。。こうやって矛盾した話がいくつも出て来ること自体、霊界通信とやらには嘘やごまかしが入り込んでるってことですね。
    | 桜葉佳代 | 2019/04/14 11:28 PM |
    こんにちは。

    >キリスト教会などでも、『聖霊体験』は珍しいことではありません。
    そうだと思います。韓国では、普通かも...と思います。直感で動く人、多いし…。

    >霊的な存在の全てが『神』ではありません。
    これも気をつけることだと思います。
    おっしゃる通り、祖霊かもしれないし、サタン、天使、クリスチャンの霊かもしれません。
    受け身の信仰だと、判断は無理のような気がします。自身に責任を持つこと、本当に大切だと思います。

    桜葉さんは、普段から良書をたくさん読まれ、深く祈られ、体恤された内容も多くある方なんだと思いました。文章が生きているように感じます。
    文章を書かれた後は、真っ白に燃え尽きるのでは...、それくらい説得力があり、精誠を尽くされて書かれておられる記事一つ一つだと思うわけです。

    梅雨なのか、夏なのかわかりませんが、お体に気をつけてお過ごし下さい&#12316;。
    | koguma | 2019/06/19 9:49 AM |
    kogumaさん ありがとうございます。

    kogumaさんも霊的な修練を積んできているのですね。
    とても素直な感性を持っていらっしゃるといつも思います。
    理屈ではなくて、すっと明るい方向へ導かれるのではないかと思います。

    直感で動く人たち、私的な利益に向かおうとするのではなく、公的な方向を求めて下さるといいんですが。
    それこそ祈るしかない世界です。
    | 桜葉佳代 | 2019/06/19 8:29 PM |









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