サクラ・Leaf(おーばのつぶやき)

東京下町の零細企業で仕事をしながら日々の思いを綴ります。
様々に問題意識を抱えながら突破口を探しています。
元統一教会信者・現在は独り、世の矛盾にどう盾突こうかと悶々とする日々。
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六マリアの話題に触れて。。。
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    六マリアについて、師観さんの記事から話題に上がっているのですね。
    なんでしょう。
    皆さんは何を信仰しているのでしょうか?
    原理講論は矛盾や不足だらけだし、
    み言葉も一貫性が無いように見えます。
    祝福の効能もどうやら絶対的ではないし、
    清平にも様々な問題が指摘されています。
    真のご家庭もご子女様方がバラバラでご家族が対立してさえいらっしゃる。
    理想的な人類のモデル家庭とは程遠い。
    文鮮明氏の人格を信奉してきたのでしょうか?
    六マリアの問題はそこさえも否定しにかかります。

    人格が素晴らしいからメシアですか?
    文師はこれまでの人類歴史上ないほどの人格者でしょうか?
    「いやいや、人格完成をされたのは歴史上イエス様とお父様だけだから。」
    そんな声が聞こえます。
    何をもって人格完成と言うことができるのか、誰か答えを教えてください。
    愛の完成ですか?愛とは何かきちんと理解していますか?
    好き嫌いの問題ですか?
    メシアには嫌いな人はいないということですか?
    博愛主義者と言うならば歴史上に何人かは表れていそうですが。
    先生の好き嫌いは神様の好き嫌いと一緒だと語られたことがあります。
    神様と心情一体化されているということですが、それが人格完成だということかもしれません。
    神様にも好き嫌いがあるのですね。
    では、神様の好き嫌いと同じ好き嫌いになれるかと問う以前に、あなたは神様の好き嫌いを知っていますか?
    聖書に書かれている神様は喜怒哀楽のはっきりした方ですね。
    何人もの人がその怒りに触れて死んでいます。

    神様を理解していますか?
    ある人は、聖書なんてねつ造で、イエス様さえ架空の人物だと言います。
    あるいは、ナザレのイエスが史実として存在したとしても書かれているエピソードは作り話で奇跡なんかは行っていないと言います。
    それらを理由に、キリスト教を信じることはおろかだと主張します。
    聖書の物語が作り話でも何ら問題はありません。
    聖書とキリスト教というコミュニティが多くの人を動かしたというゆるぎない現実は変わりません。
    政治利用されて残虐な歴史さえ持っていますが、結果世界中に十字架と聖書を拡散しました。
    人々は、聖書に学びそこから力を得ているという事実があります。
    一つ一つの真実性や優越性なんてはっきり言ってどうでもいいのです。
    それらの出来事を通じて神様は何を言わんとしているのかが大事です。
    神様とルーシェルはペテン師らしいので、人類を騙しながら歴史を引っ張ってきていることも十分考えられます。
    騙されることが愚かしいのでしょうか?
    騙されて行った結果が幸福ならばそれでいいでしょう。
    騙されて病院に連れていかれて予防接種を打たれれば、その子は一冬健康に過ごせるなんてこともあります。
    恐らく、文師もそこそこのペテン師でしょう。
    ペテンにかける動機が素晴らしい?いや、分かりませんよ。
    本当に大悪人なのかもしれません。
    だけどこの方は神様に用いられた方なのだと思います。
    取り敢えず私の人生はこの方からの影響でとんでもなく面白いことになっています。
    そして神様に繋いでくださった方です。

    六マリアが真実だとして、
    文師がじつは色魔だったと。
    心底それを楽しんで行っていたなら、もっと多くの美女を集めたんじゃないかと思いますし、
    36家庭以降大人しくなるっていうのも不思議な気がしますよね。
    もっと手あたり次第になるでしょうから信仰の幼い女性にまで手を出しそうです。
    そうすると、表に出てくる話がもっとたくさんあったでしょう。
    文師が純血の教義を尊重したいと心底願っていたとして、でも性的な関係を山のように持っていたとしたら、
    これは恐ろしい話ですね。
    品行方正であることを自らに願いながら、実体は罪過に身を置かなければならない、その中で心だけは義を立てていく。
    そんな立場を知っていますか?
    気が狂いますよ。
    文師は地獄の底を撤廃すると言われた方ですから、地獄の底を知っている必要もあるのです。
    知りもしない人が綺麗ごとで分かっているよと口で言ってもその底にいる人たちからは何の共感も得られません。
    蕩減だなんだと言いますが、やればいいというものではなくてそこでどんな心情圏を復帰してくるかが重要なんですよ。
    形だけ整えて取り繕ってばかりいてもなんの意味もありません。
    表面を見て嫌悪することは簡単です。
    地獄の底でそれに染まらず心情だけを復帰してくることの困難さ。

    と、言ってみても私も文師に会って話を聞いたわけではありませんから、
    実は極悪非道な行動を楽しんでいて神様の話なんか全部ウソだよってことが彼の本音だったとしても不思議はないのです。
    ただ彼の生き様が、私にもたらした影響は、彼の本音に関わらず私自身は善く生きたいという心に繋がっているのです。
    それで全く問題はないのです。

     

     

     

     

    結局多くの人たちは、文師のメシア性は神通力だと考えているのでしょうね。
    祝福の権能とか、地上天国をもたらすとか。
    人格完成者だからという理由ならば、それは人間信仰になるんですよ。
    | おーば | - | 09:45 | comments(14) | trackbacks(0) | - | - |
    はじめまして。
    今回自分でも思うところあって記事書きました。
    古参食口は「真の家庭なんて、こんな汚いところもあるんだぞ〜知らないお前はナイーブだな〜可哀そうに」と上から目線で語られますが、私は軽蔑します。
    「じゃあさっさと辞めたら良かったのに、あなたこそ残念ですね、メシヤと思ってないのに信仰するなんて・・・」って。

    アボジは神を愛するという一点では、首尾一貫の人生でした。
    前近代的な価値観でとても面倒くさい性格なのに、朴サムエル氏からもボロクソに言われているのに、それでも惹きつける魅力はそこにあると思います。
    | 善きサマリヤ人 | 2018/10/13 9:53 PM |
    お久しぶりです。
    貴重なご意見ありがとうございます。

    (しかしながら今回は、あえて記事の内容にはふれません。)


    桜葉さんみたいな文章、表現力に心の底から憧れます〜
    | 先駆者 | 2018/10/13 11:33 PM |
    こんにちは、私も桜葉さんと同じように考えます。きっとそうなんだろうと思います...。

    人類の罪悪歴史が、そのような方法でしか清算できないとしたら、誰も救世主という役目は引き受けたくはない事でしょう。

    これからは良心だけが自分を救ってくれる救世主ですね!
    | 海がめ | 2018/10/14 9:04 PM |
    こんばんは。
    相変わらず、直球で、言いこといいますね。(笑)

    >この方は神様に用いられた方なのだと思います。
    取り敢えず私の人生はこの方からの影響でとんでもなく面白いことになっています。

    >そして神様に繋いでくださった方です。

    私の場合、面白いことになっているというよりも、ますますたいへんな事になっている?という感じなんですけど。(笑)


    天使に言わせると、「神様は、文先生の言葉と行動の裏にある”愛”を熱心に聞かれる」そうですよ。

    背後の愛を聞くって??

    なんのこっちゃと思うんですが。(笑)
    | ダム(good life) | 2018/10/14 10:20 PM |
    桜庭さんの人生は文さんに会う事で面白くなったかもしれないけど、一方で本当に苦労して大変になった方々(特に最悪な底辺の韓国人と祝福を受けて苦労した日本人女性)を見ると中々文さんを肯定できません。

    私の父はヤクザで沢山の人を苦しめたけど私にはいい父親だったみたいな感じに聞こえます。
    | 海 | 2018/10/15 12:15 AM |
    善きサマリヤ人様

    はじめまして。
    コメントをありがとうございます。
    そして既に書いてくださっていたのですね、ありがとうございます。
    人間的に事実を批判しても私たちには何の益もありませんね。
    誰かを批判するとき、動機が自己正当化に傾きやすくなります。
    皆がこの罠から逃れられることを願ってやみません。

    よき遺産を皆で相続してゆきたいです。
    | 桜葉佳代 | 2018/10/15 1:31 PM |
    先駆者さま

    お久しぶりです。
    ご訪問感謝です。
    検証していく切り口は多く持つことが必要かと思いますので、こういう考え方もあるとお心に留めていただければありがたいです。
    またご意見もお聞かせください。
    | 桜葉佳代 | 2018/10/15 1:34 PM |
    海がめ様
    コメントありがとうございます。

    私たちは無償の愛を教えていただきました。
    条件付きの愛ではありません。
    ですから愛をもってお返ししたいと思います。
    神様が共におられますように。
    | 桜葉佳代 | 2018/10/15 1:38 PM |
    ダム兄こんにちは。

    ダム兄の記事を読んで師観さんのブログを読みに行きました。
    天使に聞くと大変なことになるようですね。
    しかしダム兄のことですからたいへん面白いことにしているのだと思っていました。

    背後の愛ですか。
    確かに直球の愛情表現ではないのかもしれません。
    | 桜葉佳代 | 2018/10/15 1:41 PM |
    海さま、こんにちは。

    コメントをありがとうございます。
    韓日祝福の姉妹たちは本当に大変ですよね。
    祝福を受けるときには『主の国の、主体国家の主体者のもとへ行く』ことに大変な誇りをもって行かれたはずなのに地の底へ突き落されたような立場なのではないでしょうか。
    北へ渡った日本人妻たちとも重なります。
    困難な環境の中にも、希望と愛を見出して人生の醍醐味を味わえるような勝利へと至ることを祈ってやみません。

    そして海さんご自身も、きっとご苦労の多い道を歩まれたのでしょうね。
    苦労は心を大きくするそうです。
    大輪の美しい花を咲かせてください。
    | 桜葉佳代 | 2018/10/15 1:52 PM |
    さっそく分かりずらいコメントすみませんでした。(・・;)

    桜葉さんの見解に反対意見、という事ではありませんでした。
    むしろ逆です。

    今の世の中、何でも平等を求めたがる傾向があり(皆んながトロフィーをもらいたい)、皆が分かるように説明せよ、皆が理解出来ないなら真理ではない、という感覚が多い気がします。

    それは自分の問題は置き去りにして、対象にのみ答えを求めようとするために、ハマりやすい落とし穴だと思います。

    自分が真理を求めるにあたって、垂直(正午)なのか?
    大概の人は自分なりの角度がついてしまっているので、その角度の差異に応じてたどり着く答えがまちまちになってしまうと思っています。

    主(キリスト)に出逢うという事も同じことだと思います。
    物理的に同じように遭遇したとしても、このことゆえに違う印象を持つことになると思います。

    ですので、自らのアライメントalignment をほったらかしにしたままに掘り下げても、迷路に突入するだけだと思います。

    そして、車のタイヤみたいに走ってるうちにズレることもありますから、常にチェックをしなければ、ずっと安心というわけでも無いと思います。
    | 先駆者 | 2018/10/15 8:06 PM |
    先駆者さま

    なんか要求したみたいでスミマセン。
    でもすぐさまのお返事ありがとうございます。

    さすが鋭いですよね。
    ひとつのニュースに反応が色々分かれる現象に似てる。
    受け取る人次第なんだというのは本当にそうですね。
    宗教の本質は、その人間の変革にあると思います。
    アボジは私たちをどこまで変革させようとされているのか?
    産み変えるという次元はどんなものであるのか?
    去って行かれた今尚、それは進行していると感じます。
    | 桜葉佳代 | 2018/10/17 6:07 AM |
    難しいテーマを鋭く、はっきりスッキリ記事にして下さったと思います。
    中途半端では書けない内容で、桜葉さんの文章を読んでいくと、ある程度は整理するというか、消化するのを手伝ってくれるような、そんな風に感じました。

    聖書の物語が作り話でも問題ないは、私もそう思います。
    その聖書から力を得ている人もいますから。
    個人的には、聖書は神さまと人の共同作業でできた物だと思ってます。
    創世記でいえば、神さまとモーセが力を合わせて書き上げたような感じで、
    原理講論でいえば、神さまと文先生が書いたイメージです。
    ただ人間は未完成で、神さまからくるメッセージをそのまま受けとめ、書ききれるかというと、無理があるように思います。
    人の霊が成長していけば、新しいメッセージを受け取ったり、同じ言葉でもグレードアップした御言葉がでてくるように思います。
    私の考えだから、違ってるかもしれませんが…。

    それにしても、桜葉さんの表現や文章力に憧れます。
    もしかして、本を執筆されてますか?
    出されているのなら、読んでみたい。。。
    | koguma | 2019/01/14 3:27 PM |
    kogumaさん
    いつもコメントありがとうございます。

    同じ言葉でも受け手によって意味が色々と変化して行くのは日常的にも見られることですから、神様の言葉ならばこと更に新しい革袋が求められるのは聖書に明言されている通りなのだと思います。
    私は文先生がメシアではないと否定しきれないでいるものですから、残された膨大な御言の中に七つの封印全てが残されているんじゃないかなと思ってしまうのです。妄想でしょうか?

    私は出版できるようなちゃんとしたものは書けないですよ〜。
    せめてPDF版くらいを纏められたらいいなぁと思うことはありますが、根性なしです。
    | 桜葉佳代 | 2019/01/15 10:49 PM |









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