おーばのつぶやき

東京下町の零細企業で仕事をしながら日々の思いを綴ります。
様々に問題意識を抱えながら突破口を探しています。
元統一教会信者・現在は独り、世の矛盾にどう盾突こうかと悶々とする日々。
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オフ会に行ってきました
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    先月、祝福二世ちゃんたちのオフ会に紛れ込んできました。
    Twitterで知り合った子たちなので、教会活動をバリバリ頑張っている子というよりは、
    信仰ありませんと言っているこの方が多い集まりです。
    20歳くらいから35歳くらいまで男女混合で十数名いたと思います。

     

    私が彼らに持っている印象は総じて優しい子たちだという事です。
    信仰ありません、祝福受けたくないと言いながらも親御さんのことは気にかけていて、悲しませるのは辛いという子ばかりです。
    そしてラフなオフ会にこんなオバチャンを混ぜてくれるおおらかさ。

     

    彼等は自由のなさに息が詰まっています。
    刷り込まれた信仰に希望を感じられずにいます。
    これは間違いなく、一世の責任です。

     


    一世は自分で選んだ信仰ですが、二世はそうではありません。
    祝福の子女は放っておいても自動的に神様に繋がると一世は思い込んでいました。
    血統が違うのだから。

     

    そして、二世は一世にとってはメシアの様な存在になると考えてきました。
    ところがどうでしょう?

     

    祝福家庭は今、救われていますか?
    まだですよね。

     

    まだ主権復帰がなされていません。
    主権復帰がなされれば救われるでしょうか?

     

    そもそも主権復帰がなされた状態がどんなふうだと思いますか?
    祝福家庭はすべて大臣や貴族のように扱われると思っていますか?

    今の世の中の貧富の格差問題は復帰されたその世界には無いでしょうか?
    家庭連合の中にどれだけの格差が存在していると思いますか?

     

    それとも死んで霊界に行ってから救われるのですか?
    相対関係は愛し合っていますか?
    祝福家庭は永遠に霊界でも一緒です。
    永遠に一緒に居たいと思えるくらいに愛の関係は深まっていますか?
    もしも大嫌いだと感じていたら、その人と一緒に居ることは苦痛のほかありませんが大丈夫ですよね?

     


    子供たちはシビアに見ています。

     

    彼等は教会と一般の世界との両方を見て育ってきました。
    幼い子供の内は、親が言っていることに間違いはないと信じることができますが、
    年齢を重ねるごとに、判断力は養われてくるものです。
    一般の家庭と比べて祝福家庭の幸福度がどんな風であるのか?
    幸せな家庭を築けていますか?
    今幸せでなくとも、将来の希望を十分に伝えられていますか?

     


    一世は、一般の世界に絶望して信仰の道に入ったかもしれませんが、
    二世には、祝福家庭に絶望して外へ行こうとする子供たちがいるのです。

     

    残念なことに、一世の姿が二世たちの躓きの石になっているようです。

     


    だけど彼らは親のことを心配しています。
    優しい子供たちです。

     

    追い詰めないでください。
    彼等の新しい判断こそが、一世を救う道を示してくれるかもしれませんよ。

     

    | おーば | - | 22:45 | comments(2) | trackbacks(0) | - | - |
    その通りだと思います。
    私達は少なくとも「教会の活動をする」という事以前に、家族を愛し、子供の話をよく聞いてやり、その心を理解してやることが大切です。

    公的な事よりも私的な事を優先するという話ではなく、私達の生き様がそのまま子供達や外の世界に連結されていくことが出来るような生き方をしなくてはいけません。

    原理を知り、神様の思いを知った立場で、一番大切な事は自らの中に「真の愛」を体現する事です。

    家族を愛し、周りの人達をどの様に愛して行くのか、その愛した度合に応じて、二世であれ周りの人達であれ、何かを感じて「付いて行きたい」「見習いたい」という気持ちになるものです。

    自分は原理を知っているから、知らない人達とは違うんだという自負心から、さも自分が偉い人であるかの様に錯覚してしまっって、高慢になる人がいます。

    そうかと思えば、「アベル」に従う事や「組織の方針」に従っている事が一番大切で、献金をする事が摂理に貢献することになると考える人が多い現状です。

    そんな考え方をする人に、神様が働き、善霊が共助すると思うのでしょうか?

    お父様はいつも「小メシアになりなさい」と言われました。
    それは威張る事でも高慢になる事でもなく、周りの人を家族の様に愛しながら(勿論家族も愛しながら)真の家庭即ち「真の愛に満ちた家庭」を築く事です。

    氏族メシアも、ホームチャーチも、全てはそれが基本です。


    二世は親の姿も良く見ていますし、教会の大人たちの姿もよく見ています。

    原理の教育をされた分、余計に鋭い視点で本質的に見抜いている子たちもいます。

    親や大人たちの「どうせ自分たちの世代に地上天国は実現する筈はない」という中途半端で、いい加減な生き方にも批判的な目を向けていると思います。

    自分の家庭の問題に対して、どう向き合っていくのか、社会の問題に対して、どう向き合って聞くのか、世界をどの様に引っ張っていくのか…これらは他人ごとではなく、自分の問題であり、神様が私達に「愛に満ちた世界」を築いて欲しいと願っておられるのなら、先ずは私自身がその実体になる様に努力をしなくてはなりませんね。


    子どもたちにとっては、居心地の良い家庭。
    安心して親と色々な話をする事が出来る環境。
    両親が仲良くしていて、神様の愛をその中で感じることが出来る環境。
    これが何よりも大切な事だと思います。

    思春期になって様々な事に悩むようになったら、親は真剣に話を聞き、立場や気持ちを理解してやり、子供とシッカリと向き合って本質的な話ができるようにしなくてはならないでしょう。

    自分が理解できないから、或いは思い通りにならないからといって、頭から否定して怒鳴りつけたりするのは大変な間違いです。
    中には監禁までした親がいるそうですが、とんでもないことです。
    二世は一世の下僕でもなければロボットでもありません。
    ある意味、未来を作っていく貴重な立場、希望の二世です。
    そういう意味でも、正しく(真の愛で)教育して、自分の責任において正しく物事を判断できるように育てなくてはならないでしょう。

    子育ては本当に大変な事です。
    頭で考えてうまく行くものでもなく、ましてや自分達の日常を生まれた時からず〜っと見て来た訳ですし、思考の影響も親から間違いなく受け継いでいます。

    足りない親が、どの様に二世を育てるのか…心して神様に祈りながら、尋ねながらでなくては難しいと思います。


    …なんだか勢いに任せて思うまま文字にしてしまって、纏まりのない文章になってしまいました。
    | ねこどし | 2018/07/15 11:23 PM |
    ねこどしさん こんにちは。

    私は未祝福で子供を持たない立場なので、この件については何を分かったようなことをって言われても仕方ない立場なのですが、出会った子供たちと向き合うと黙ってもいられません。

    祝福家庭の中に物凄く温度差があるのは現実なのでしょうね。
    ねこどしさんのように、親としての責任を理解して全うしたいと願っている方がいることは希望です。

    一世が、どんな思いで教会に繋がり歩んできたのかを、私も多少なり理解する立場です。
    なので子供たちとの行き違いが辛いです。
    この問題は子供たちを説得するべき問題ではなくて、親の方に自分たちの時のことを思い出してもらうことが必要なことに感じられます。

    信仰なんていらないと言って親に反発する子供たちの姿は
    信仰が必要だと言って家を飛び出してきた私たちとそっくり同じです。
    方向が裏返しですけれど。

    子供たちのために真剣に考えるべきです。
    そんな対話を本音でもっとできればいいのですが、
    組織の中では、問題ごとは清平だのみみたいなところがあるみたいですね。
    自由に、真剣な対話を持ちたいですね。

    子供たちのために。
    | 桜葉佳代 | 2018/07/16 6:04 PM |









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