サクラ・Leaf(おーばのつぶやき)

東京下町の零細企業で仕事をしながら日々の思いを綴ります。
様々に問題意識を抱えながら突破口を探しています。
元統一教会信者・現在は独り、世の矛盾にどう盾突こうかと悶々とする日々。
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神様の願いに応えるために
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    繰り返しになりますが、重要なポイントなので書きます。

     

    原理講論には、『原理』が少しと、多くの『真理』と『真実』が書かれていますが、

    著者による『希望』と『憶測』と『勘違い』が混ざり込んでいます。
    そして、文章で書かれる限りは、『表現力』の問題と『読解力』の問題で、

    著者の思うところの100%が読者に伝わるということもあり得ないのです。
    複数の人が同じ本を読んでみても十人十色、百人百様の感想が生まれるのです。
    聖書についても同じことが言えます。
    ですからキリスト教会は世界中に広がりつつも多くの教派に分裂しています。

     


    教会は原理講論に真理があると言いますが、嘘ではありません。
    しかし、正しく読み解けているかと言うと疑問です。
    『公式』という言葉にも騙されてはいけません。
    すべて結果が物語る通りです。

     

    中世キリスト教会捕らわれた過ちを繰り返しています。
    そこから抜け出したのは宗教改革による各人の自由な聖書解釈です。

     

    今は様々な分派活動が盛んなので、ある意味、宗教改革のような状況にあるのかもしれません。
    今年はルターの500周年だったらしいです。(誕生500年だったか、提題の500年だったか…。)

     

    分裂は混乱として嫌われますが、過ちの中に頑なに閉じこもることを考えれば前進です。
    形としては正反合作用になるので弁証法的ですが、未だ堕落世界なので致し方ないのかもしれません。

    (正反合と正分合の違いが分かりますか?)
    しかし、神様が願われるのは全人類の和合ではないでしょうか?
    (統一という言葉では、思想統一が思考統制的に不自由さの印象を与えるのでここでは避けます。)
    人類一家族ですから、収束が願われます。

     

    神様が願っておられると明白に理解できる理想・目的と、
    この世界を創造される過程の理性的理解こそが『原理』です。

     

    堕落とは、この原理(理想(=愛)まで含めて)から逸脱したことであり、
    復帰とは、原理の応用展開である『真理』です。
    ですから『原理』の理解無くして『真理』を導き出すことはできません。

     


    堕落論については、全て聖書のみを根拠とする盲目的信仰としか言えないのです。
    勿論、神の言葉として、そこから理解される多くの賜物は否定できるものではありませんが、歴史的な真実であると鵜呑みにすることは危険です。

     

    しかし、多くの食口達はこの問題にとらわれすぎています。
    負の部分に捕らわれて、素晴らしい神様の愛と理想と創造の妙を忘れ去っているのです。
    この世界を取り戻すことによってのみ、本当の堕落の悲しみと復帰にかける神様の執念を理解することができるでしょう。
    それだけが正しい歩みに繋がる力であり術です。

    | おーば | - | 09:56 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |









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