サクラ・Leaf(おーばのつぶやき)

東京下町の零細企業で仕事をしながら日々の思いを綴ります。
様々に問題意識を抱えながら突破口を探しています。
元統一教会信者・現在は独り、世の矛盾にどう盾突こうかと悶々とする日々。
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原理と真理と真実は別物
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    原理は骨格・構造。

    骨の骨なので味もそっけもなく、単純明快。

    (原理が骨の骨というのは御言です。)

     

    真理は応用編なので、局面ごとに違う顔をして現れる。

    だけど筋の通った話ではある。

     

    真実は、過去に起こった出来事の話というだけで変えることはできないものだけど理にかなった話ばかりではない。

    だけど、ある局面では必ずこうなるという真理を醸すのが真実なのです。

    骨格や筋肉の動きを包む皮膚のようですね。

     

     

     

     

    なので、よりよく生きたいと願うならば、この際他人の真実なんてどうでもいい話です。

    他人の真実が役に立つことがあるとすれば、その中から真理を読み解くことができる可能性があることでしょうか。

    真摯に生きた人の生きざまの真実は私たちに多くのことを教えてくれます。

    しかし、真理を秘めることができるのは、別に真実である必要はありません。

    作り話であったとしてもそこに真理を織り交ぜることができます。

    真実の凄味にはかないませんが…。

     

    重要なのは原理です。

    真理は筋肉として、骨格に沿って動きます。

     

    原理について、原理講論は「人間や宇宙が如何に創造されたかという究極の原理を知らなかった」という表現に用いています。

    更に、「人生と宇宙に関する問題は、結局それを創造し給うた神が、如何なるお方かということを知らない限り解くことができないのである。創造原理はこのような根本問題を、広範囲にわたって扱っている。」とします。

    どういうことか?

    原理というのは創造の行程と原因者について語るものだという事です。

    原理の原は原因の原ということなのかもしれませんね。

    | おーば | - | 22:50 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |









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