サクラ・Leaf(おーばのつぶやき)

東京下町の零細企業で仕事をしながら日々の思いを綴ります。
様々に問題意識を抱えながら突破口を探しています。
元統一教会信者・現在は独り、世の矛盾にどう盾突こうかと悶々とする日々。
<< 久し振りの書き込みです | main | 原理と真理と真実は別物 >>
私たちは騙されている
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    ちょっとショッキングなことを書かなければいけません。

    私たちは騙されています。

     

    「誰に?」

    こともあろうに『原理講論』にです。

     

     

    最近では、統一家も分裂してあちらこちらでこちらが正当だという声が聞こえてきます。

    騙している奴らがいるとすればそういった分派の面々のことではないかと思いがちですが、彼らの多くはいたって真面目に神様を求めて活動しています。

    まぁ、本人たちが真面目であっても、出された結論が間違っているなら、騙しているとも言えますが…。

     

    とはいえ、原理講論も同じなのです。

    前記事で、原理を網羅しているわけではなく、原理以外のことも書かれていることを指摘しました。

    そして、厄介なのが、『総序』です。

    総序は原理にいざなう為のイントロダクションであり、原理そのものではありません。

    著者の主観が大いに語られています。

    そしてこともあろうに、『新しい真理』を定義しています。

     

    新しい真理は宗教と科学の統一(きちんと読むと、宗教が求めた内的真理と科学が求めた外的真理を統一的問題として解決と書かれており、二者を統一するとは書いていません。)、唯心論と唯物論の統一、人類一家族の実現、歴史の目的の解明、たとえではなくあからさまに解かれなければならない等、書かれています。

     

    このことによって食口達は、原理は科学的なものであり、誰にでもあからさまに理解できる真理なのだと考えるようになります。

    私にはまだよく分からないんだけど、原理というのは分かる人が聞けばよく分かるものなのだと思っています。

    この時点でちょっと飛躍していますが、私の頃には正会員試験の設問としてこの個所は取り上げられていました。

     

    実際の統一原理は科学的検証はなされていませんし、比喩と象徴に満ちたものなのです。

    こう言われて、あなたは「そんな馬鹿な」と思うでしょうか?「その通りだ」と思うでしょうか?

    「そんな馬鹿な」とお思いになるようでしたらあなたは相当な信仰者です。

    「その通りだ」とお思いになるようでしたら、あなたは組織からちょっと浮き気味な変わった食口かもしれません。

     

    実際、究極の原理は誰にでもあからさまに理解できるものではないのです。

    私には分からない真理なのに、誰にでも分かると何故言えるのですか?

     

    新しい葡萄酒は新しい革袋に入れなければ張り裂けてしまうという聖句は未だ有効です。

    誰にでもあからさまに分かる真理であれば、天国建設に何の苦労もいらないのです。

    では、私たちはどうやって真理を理解することができるのでしょうか?

     

     

     

    | おーば | - | 01:40 | comments(8) | trackbacks(0) | - | - |
    真理を知ること。
    それは、難しいけど、誰にでも出来ます…。
    完成さえすれば、
    自分が真理です。
    | たさ | 2017/12/10 2:18 AM |
    たささん、正解です!
    では、完成への道をどうやって探しいますか?
    | 桜葉佳代 | 2017/12/10 7:53 AM |
    完成への道は、原理講論でも述べられているように、
    とても、難しいので、
    神様が、それぞれの中心人物によって道を開拓してくださいました。
    ヤコブが道を開拓し、モーセが開拓する。

    そのようにして、私たちに示してくださり、
    今、お父様のみ言の中には
    8段階を進んでいく事が、書かれてあります。

    誠の御父母様が、完成への道を歩んでくださり、
    今、その道は私たち堕落人間全てが歩まなければならない道と
    なっているんだと思います。

    だから、この完成への道がバトンタッチのように
    づっと受け継がれていく必要があると思います。

    私たちがこの方向の道に目を向けると
    神様が、試練という私たちにとってはチャンス(一段階を上れる)を与えてくださり、
    それに勝利するとある、掲示をくださる。
    掲示がなくても、段階を上っている。

    そして、また同じような試練があるのですが、
    おかしいなまたこんなことで躓いていると思ったら
    それは、また、段階を上るためには必要なことだった。

    そのようにして、試練を乗り越える分だけ段階を上っていくのだと思います。

    しかし、私は、まだ8段階まで上がったことがありませんから、
    どのようになるのかは、わかりません。

    | たさ | 2017/12/10 10:12 PM |
    本文の中では原理講論のことについても、
    触れてありますが、あからさまにかかれていないということですね。

    原理講論は、読めば読むほど理解は深まるかなと思います。
    と、とても偉そうなことを書いていますが、
    私はそうでした。

    今、思うことは、懇切丁寧に神様のことが、書かれてあるということです。

    これに関する説明はものすごく丁寧で、たとえもたくさん出てきます。
    | たさ | 2017/12/10 10:21 PM |
    たささん

    ありがとうございます。嬉しいです。
    たささんは、きちんと押さえるべきところを押さえて読んでいらっしゃるようです。
    そういう食口がきちんといらっしゃることは希望です。
    頑張ってください。

    原理講論の中で見落としてはいけない重要な部分があります。
    一方で、目を奪われやすく、誤解を招く事柄も少なくないと私は感じています。
    そうすると、読み方を間違えてとんでもない方向に行ってしまう人もいるのです。
    神様を中心に読まないで、サタンを中心に読んでしまうのです。

    どうもあちこちで、そんな間違いを聞くものですから今回の様あ記事を書いてみようと思いました。
    でもそうすると、反対の意見を聞くことができる。
    神様の計らいは面白いです。
    | 桜葉佳代 | 2017/12/10 10:58 PM |
    ああ、でも合っているのですね。
    原理講論に書かれているのは完全な真理ではないのです。
    (真理の一部は書かれています。)
    真理に至るためのガイドブックなんですね。
    原理講論には完結した真理は書かれていません。
    | 桜葉佳代 | 2017/12/10 11:41 PM |
    ふむふむ。
    真理に至る為のガイドブック…。

    そのように信じるなら、
    私達は、もう真理を見たことになりますね。

    もう!一つの真理はこの世に現れています。
    | たさ | 2017/12/11 12:33 AM |
    たささん、ちょっと勘違いがありそうですよ。

    真理は世界が始まる前からこの世に存在しています。

    当然見聞きしています。

    私たちは神様の愛と真理で創られたのですから。
    ただ、今は真理以外の者が氾濫しすぎてわからなくなっているだけです。
    | 桜葉佳代 | 2017/12/11 9:25 PM |









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