おーばのつぶやき

東京下町の零細企業で仕事をしながら日々の思いを綴ります。
様々に問題意識を抱えながら突破口を探しています。
元統一教会信者・現在は独り、世の矛盾にどう盾突こうかと悶々とする日々。
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蕩減条件について
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    横にそれてますが、せっかく書いたのでアップしときます。

     

    私たちは何故蕩減条件を払わなければならないのでしょう?

     

    それは罪を償うために。
     私たちの罪は私自身が犯した罪のほかに、連帯的な罪、遺伝的な罪と原罪があります。
     罪の償いは、その罪によって損害を受けた人に許しを請うためにあります。
     損害の内容をすべて元通りにするか、元通りにできない場合には、気持の済むように手配することが望まれます。

     

    それは所有権の決定のために。
     私たち人類は、本来神の子供として創造されましたが、堕落によってサタンの主管下に堕ちてしまいました。
     そのため、神様は私たちのことをご自身のものであると主張することができません。
     私たちは自らの行動を持って、サタンのものでは無く神様のものであることを証さなければなりません。

     

     それは天宙の中心存在、万物の霊長としての責任を果たすために。
     何かのトラブルがあって、その問題の始末をつけなければならない時、だれが責任を負うかと言えばその場の主人が負います。
     逆に言うと、責任を負う者が主人なのです。
     何か問題が起きたときに、責任を持つ者に人は従うものです。

     


    食口たちは日常的に「蕩減が重い」などと表現しますが、これは罪の重さを指しており、罪が重いゆえにその対価が重い状態を指します。
    自分自身が犯した罪の場合もありますが、先祖の罪を代わって償うための苦労を言うことが多く、家系を代表している立場の自覚によるものです。

     

    神様は全てを赦したいと願われる方なので、酷い罰を子供に与えたいとは願いません。
    しかし、人の罪を讒訴する者があるので、その讒訴を退けるために蕩減条件が必要になります。

     


    だから自分の願いを叶えたくて願掛けするような態度で蕩減条件を立てることは間違いではないでしょうか。
    対象者のために、子供のためになど、代理蕩減が可能なケースは一個目の罪の償い部分だけですね。
    イエス様の十字架、お父様の投獄なども、そのケースで考えるべきなのでしょう。
    これは人類の共通の罪、原罪に対する贖罪という事になるのでしょうか?
    あるいはこれまでに積み重ねられてきた罪の全てでしょう。
    讒訴する者は大きな返済を受け取れば一旦は口を閉じますが、完済されない限りはまた讒訴し始めます。

     


    サタンをやっつけるために、逆に讒訴することはできるでしょうか?
    それはやってはならないことです。
    讒訴する側に回るということは、責任を持たない立場という事になります。
    つまり天宙の中心存在、万物の霊長の立場を辞退する事になるのです。

     

    讒訴するのはサタンの特性であり、自ら讒訴する側に立てばそれはサタンの手先になったという事です。

     

     

    | おーば | - | 22:00 | comments(9) | trackbacks(0) | - | - |
    お久しぶりです。記事の連続投稿すごいですね。

    修練会のみ言や天聖経とか、価値のわかる方に寄ってくるんですね!

    神様の役事はどのように成されるかわかりませんね。ですから、固定観念を持ってしまうと、ポキっと折れてしまうかもしれないです。
    神様の起こす風にしなってゆれることができる、柔軟性を失わないいうにしないとと思うこの頃です。根っこがちゃんとしてるかが不安ですが。悪魔がフェイントかけるかもしれないですし…ψ(`∇´)ψ

    後悔しないためにも、自分で突き詰めていきたいものですね。好き嫌いなどの感情を前提にしてしまうと、神様抜きになりがちでしょう。
    コツコツと神様に尋ねながら歩んでおられる方々によって、どんな環境に属していてもその精誠ゆえに、神様の王国をもたらしてくださる気がします。
    最後の讒訴についてのくだり、さすがに鋭いなあと思いました。&#5478;(ò_óˇ)&#5476;
    | 先駆者 | 2017/08/13 12:13 AM |
    先駆者様お久しぶりです。

    。。。私の更新がお久しぶりなんですね。。。スミマセン。

    どんな環境に在ろうとも、と、言うよりは、
    どんな環境にさえも、神の尖兵は配されていると思うのです。
    本人に自覚があるナシは別ですが。
    そうでなければ万民救済が成し得ません。
    私は万民救済を願われる神であると信じています。

    悪魔のフェイントってありますよね。
    フェイント掛けられた時に
    「しまった、畜生、返せ!」と言ってはいけません。
    信じたのは私だから、
    尽くした精誠は捧げたものなのだから、
    全ての責任は私が負い、どんな蔑みも甘んじて受けますという姿勢を持てば、
    悪魔の衣はその精誠によって漂白され、恩恵の全てが返ってきます。
    悪魔のフェイントは千載一遇のチャンスになるのです。

    さぁ、御国を目指して頑張りましょうお互いに!
    | 桜葉佳代 | 2017/08/13 5:47 PM |
    蕩減・讒訴ですね。
    このふたつは、協会の教えの中でも、他の宗教やカルトと比べて、非常にユニークな教え・原理であると同時に、一般人からすると日常生活においては使わない言葉であることからも、非常に違和感を感じる概念ですね。
    小生のブログでは、それぞれをテーマとして取り上げ、一文を書いております。

    また、連帯罪・遺伝罪というのは、民主主義の現代社会とは全く馴染まない概念であり、まず受け入れられることはないでしょうね。

    ‐蕩減復帰について 小生ブログより抜粋‐
     親子の間で、子が親に損害を与えた・裏切ったなどで、罰が与えられるでしょうか?罪を清算するために、金を払わないと親子の縁を切るとか、何年間か会わないとか、そんなことをして親の側にメリットあるでしょうか?
     子が更正・反省してお金を親に払ってくれれば、まあメリットはあるでしょうが、そうしなければ許さず、親子でもないって、愛情のある関係じゃありませんね。
     いいや、神は原理原則の神だから、許したくても条件が整わなければ許せないんでしょうか?それでは、復帰するには蕩減が必要だというのは、誰が決めたんでしょう?そりゃやっぱり神でしょう?なんでそんなややこしい原理原則をきめて、人間をくるしめるんでしょうか?全く意味がわかりません。

    ‐讒訴について 小生ブログより抜粋‐
     この讒訴っていうの、なんかいやな制度ですね。そんな告げ口、神は聞かなきゃいいのにね。どうして神は、聞くんですかね。原理原則ですか?原理原則を造ったのは、神でしょう。なんでそんな、不健全?な制度を造ってしまったんですかね、神は。ほんとのことだけ見ればいいんじゃないですかね。讒訴なんて何で聞くんですかね。
    以上

    要は、このふたつがなぜ必要で、どうして神はこういう原理原則を造ったのかという意味が全くわかりません。というより、無限の愛を人間に注ぐ神とは、対極にある概念・原理ではないでしょうか?

    もちろん、小生ごときが神を理解しているわけはありませんので、確かなる証・例証・証明があれば、一定の説得力はあるのかもしれませんが、とてもあるとは思えませんね。まあ、この協会の原理で証されたものなど、ひとつもないどころか、間違っているという証が非常に多くある、というのが反対派たる小生の認識です。

    | ミッターマイヤー | 2017/08/16 12:46 PM |
    ミッターマイヤー様

    コメントありがとうございます。

    蕩減・讒訴について、熱心な家庭連合信者の奥様からのお話であれば、ミッターマイヤーさんのような考え方は極、正常な考え方だと私も思います。
    ご意見の中にいくつかの勘違いがあります。
    これはミッターマイヤーさんの勘違いではなく家庭連合本部の勘違いだと思います。
    (つまり私は家庭連合は信奉してなくて、文鮮明氏の言葉が好きなだけです。)


    >‐蕩減復帰について 小生ブログより抜粋‐
     親子の間で、子が親に損害を与えた・裏切ったなどで、罰が与えられるでしょうか?罪を清算するために、金を払わないと親子の縁を切るとか、何年間か会わないとか、そんなことをして親の側にメリットあるでしょうか?

    ここで指摘されているように、家庭連合の蕩減条件は献金にばかり重点を置いて蕩減復帰の本来的な意味から離れてしまっていると私は考えます。


    > 子が更正・反省してお金を親に払ってくれれば、まあメリットはあるでしょうが、そうしなければ許さず、親子でもないって、愛情のある関係じゃありませんね。

    更生は目的の一つでしょう。私もそう思います。



    > いいや、神は原理原則の神だから、許したくても条件が整わなければ許せないんでしょうか?それでは、復帰するには蕩減が必要だというのは、誰が決めたんでしょう?そりゃやっぱり神でしょう?なんでそんなややこしい原理原則をきめて、人間をくるしめるんでしょうか?全く意味がわかりません。

    原理原則が親と子の一対一の関係だけのためにあるわけではないから複雑になるようです。
    会社の社長が自分の息子だけわがままを許して他の社員にしわ寄せをしたら企業として成り立ちませんよ。
    ましてやそんな状態から息子に代を譲ったりしたらクーデターが起きます。



    >‐讒訴について 小生ブログより抜粋‐
     この讒訴っていうの、なんかいやな制度ですね。そんな告げ口、神は聞かなきゃいいのにね。どうして神は、聞くんですかね。原理原則ですか?原理原則を造ったのは、神でしょう。なんでそんな、不健全?な制度を造ってしまったんですかね、神は。ほんとのことだけ見ればいいんじゃないですかね。讒訴なんて何で聞くんですかね。
    以上

    これも上記のわがまま跡取り息子の例と同様で、神様は人類の親であると同時に天宙の経営者なので、天宙を運営するために不平不満は解消しなけりゃいけません。
    切り捨てればいいと考えるかもしれませんが、後々息子に譲るものなら、立派なものを譲りたい。
    尚且つ、天使長の存在も、経営上、大きな存在なのだと思えます。


    >連帯罪・遺伝罪というのは、民主主義の現代社会とは全く馴染まない概念であり、まず受け入れられることはないでしょうね。

    これは仕方のないことですね。
    民主主義自体は完全な社会制度ではなく、いろいろと問題を抱えています。
    カルト宗教と言うのは自分たちには社会を変える力があると信じています。
    かくいう私も、現代社会に希望を感じられずに統一教会に入信した一人ですし、いまだに世の中は変わらなくちゃいけないと考えています。
    親の因果が子に報い。。。孫子の代までたたってやる〜というのはあると思ってます。
    神が、と言うのではなくて、人の心の中の悪魔がそうする。
    霊は存在すると私も思っています。
    そいつらをなだめるための蕩減条件だと思います。


    必要になるのは霊界の存在についてになりそうです。
    もっとも、あるなしの問題ばかりではなくて、いかような存在であるのかを明確にする必要があるでしょう。
    それはまた機会を見て書ければいいと思います。

    整理をつけるのにとても参考になります。
    またよろしくお願いしまう。
    | 桜葉佳代 | 2017/08/16 4:24 PM |
    ×またよろしくお願いしまう。
    〇また宜しくお願いします。
    | 桜葉佳代 | 2017/08/16 4:26 PM |
     以前に小生のブログのコメント頂いたときと同じなんですが、コメント中の親=神、子=人間とお考えください。
     そもそも、罪を償うというのは、国家や社会が、社会秩序の維持のタメに個人に対して課する罰則という意味ですから、神と神が無限無償の愛を注ぐ人間との間の関係とは無縁の存在であると考えます。

     本然の親ならば、子が親に対しどんな罪を犯そうが、それを償えとは考えないと思うのです。親は子が幸せである事、それだけを望んでおり、親に対して悔い改めるとかそれで悩み苦しむとか、そんなことしてくれるより、ただ幸せで健全に生きてくれたほうよっぽどうれしいと思いますね。
     
     讒訴に根拠があり、事実に基づいたものであればよいのですが、それが単なるいいがかりであれば、聞く必要はありませんね。事の本質と異なる讒訴などに耳を傾けない、それが神ではないのですか?
     逆に言えば、讒訴などあろうがなかろうが、万能の神は、事実・心情・背景などのすべてを見られているはずだと思うのです。とすれば、讒訴になんの意味があるのでしょう。讒訴=神の能力に対する不信のように思うのですが。

    | ミッターマイヤー | 2017/08/16 9:39 PM |
    そう考えると神様と言うのはとんでもなく欲張りなのかとも思ってしまいますね。
    我が子が「ただ幸せで健全に生きてくれたほうがよっぽどうれしい」
    それが一番でありそれがすべてではいけないのか?
    そう、神様は欲張りなので、我が子の幸せだけでは飽き足らず、存在するものすべての幸福を願っているのかもしれません。
    だから「神の能力に対する不信」を持つことの不幸を放置できないからそれを解消するために、こんなにややこしい原理をこしらえてしまったのかもしれません。
    讒訴する者たちがただのクレーマーなことは100も承知の神様だと思います。
    クレーマーをクレーマーのまま放置することができないメーカーのようですね。
    「どんなお客様にも100%のご満足を」。。。何のため?
    そこに利益があるからなのですが、利益の中身は金銭収益ではないのですよ。
    永遠の平和な環境を目指してと考えるのが伝わりやすい表現なのでしょうか?
    | 桜葉佳代 | 2017/08/17 10:09 AM |
    反対派のたわ言にお付合い頂いて、恐れ入りますが、小生は統一教会が語る矛盾に満ちた神像は、マチガイであると確信しています。

    何度も言いますが、矛盾に満ちていようが、悪魔と同じようにみえようが、確かな証が数多くあれば、一考に価するかもしれませんが、逆証はあっても証など全くないと、私は思っております。

    | ミッターマイヤー | 2017/08/17 9:26 PM |
    面白いですね。
    家庭連合の面々は逆の確信を持っているのでしょうね。
    私も家庭連合が信徒に“分かりやすく”伝える公式見解には間違いが多く存在していると“思っています”。
    けれど、すべてが間違いだとも“思っていません”。

    だからミッターマイヤーさんが問題にしている教義には私も疑問を感じているので、整合性を付けるために検証します。
    ここで、ミッターマイヤーさんはすべてを出鱈目だと“思っている”のですが、私はそうは“思っていない”からやってみているわけです。

    ミッターマイヤーさんは全部出鱈目だと“思っている”にも関わらず、ここを覗きに来てくださる心理が私には面白いと“思える”のです。
    多少なり関心を示していただけるのは、やっぱり嬉しいですね。
    一回ぎゃふんと言っていただけるようなこと書いてみたいですね。
    | 桜葉佳代 | 2017/08/18 5:26 PM |









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