サクラ・Leaf(おーばのつぶやき)

東京下町の零細企業で仕事をしながら日々の思いを綴ります。
様々に問題意識を抱えながら突破口を探しています。
元統一教会信者・現在は独り、世の矛盾にどう盾突こうかと悶々とする日々。
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法というもの
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    罰を受けようが構わないから法など関係がないとする人。
    法に対する姿勢として、罰を恐れるからばれないようにすることを第一義とする人。
    罰を恐れるからこそ厳密に守ろうとする人。
    法による罰と共に、他人からの評価基準が低くなることを恐れて法を守る人。
    法を秩序として受け入れて守る人。

     

    大きくは、恐れない人と、恐れる人と、尊重する人なのでしょうね。

     

    恐れて守るのは人間でなくてもできます。
    人が決めたルールに従わせるために飼いならされた動物はルールを守ります。
    また、人からのご褒美をもらうためにルールを覚える動物もあります。
    これは人と動物の信頼関係や愛情関係によるのだと言う人もいるでしょうが、
    そのうえでのご褒美で意思疎通を図っているとも言えるかもしれません。

     

    だったら法の秩序を尊重する姿勢だって秩序と言うご褒美を望むことにも見えますね。
    でも、それは法がもたらす直接的な結果であり、だからこそ人は法を考えることができるのでしょう。
    動物には、法そのものの意味を見出すことはできません。

     

     

     

    人間であっても、幼い子供は法を理解しません。
    理解しない段階から、叱られるから恐れて守る段階に入るか、
    叱られずとも親子や師弟の信頼関係から法の意味は分からずとも守る段階ということも考えられます。
    それらを経て、意味が分かるようになれば尊重して守る段階に移行できます。

     

    つまり、ステップとして理解して尊重するのが法に対する成熟した対応と言えるでしょう。

     

     

     


    では、何故法に対する姿勢は人によって差ができてしまうのでしょうか?

     

    それは守れない人間が粗暴なのだと切り捨ててしまう人も少なくはありません。
    そうなのでしょうか?
    それでは希望がありません。

     

    単に法に対する意識が未成熟であるととらえるべきでしょう。
    この意識は、単純に年齢を重ねれば育つというものでもありません。
    法の意味と法によってもたらされる恩恵を理解することが必要です。
    法は人と人との関係を規定してゆくので、人間関係の成熟と密接に関係します。
    人間関係構築のためにも、人は教育を受ける必要があるのです。

     

     

     

    しかし、法そのものの不完全さにも問題があります。
    不公平感を持つ法も少なくはありませんし、
    地域の文化に相容れないこともあるかと思います。
    法を制定する人が、法の対象となる人たちを十分に理解していないこともあります。
    また、意図的な利益誘導のためにねじ曲がった法が作られることさえあります。
    そのような場合には、法に対する信頼が築けないため、尊重して守ることはできません。

     

    現在の日本では、マスコミの報道などでこの法の歪み部分が取りざたされるため、
    相乗効果として法に対する不信感が募っており、疑心暗鬼の不安定な事態と言えます。

     


    正しい法整備ができれば、法に対する信頼がまし、法を尊重する人も多くなると考えられます。
    正しい法を整備するためにはいったいどうすればいいでしょうか?

     


    日本では、立法府としての国会があります。
    国会は選挙で国民に投票された議員が議論して法律を制定します。
    法整備するところと予算審議するところが同じ機関なところに問題があるのかなと、今書いていて思いました。
    国会の主だった仕事は法整備よりも予算審議になっていますね。
    予算を付けるための法というのもあるので、現実の法は非常にややこしくなっています。
    お金の問題は生臭く、不正を呼び込みやすいものなので、強い不信を買う要素になっています。
    簡単じゃありませんが切り離すことを考え得るべきでしょう。

     

    ちなみに、お金というシステムを使うのも、人間独自の行動です。
    しかし、お金を使うことに対しては、そこには非人間的印象を持つ人が少なくありません。
    金の亡者などと言えば人間性を疑われるし、利益最優先の企業経営は労働者からの反感を受けます。
    人間独自のシステムが人間らしさから遠ざけるシステムになっているのでしょうか?矛盾しています。

     


    法は調和に向かい、貨幣は対立・闘争に向かう性質を感じます。
    貨幣そのものは交流するものなのですが、そこに乗せられる目的が、自己の利益追及に向かいやすいからです。
    マルクスは資本主義が人間性を阻害すると主張しましたが、もう一段手前の貨幣経済についてまで、考えてみるべきでしょう。
    社会主義国家でも、貨幣経済システムは採用され続け、賄賂・汚職に大いに利用されています。

     

    | おーば | 勝共理論・頭翼思想を考える | 17:50 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |









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