サクラ・Leaf(おーばのつぶやき)

東京下町の零細企業で仕事をしながら日々の思いを綴ります。
様々に問題意識を抱えながら突破口を探しています。
元統一教会信者・現在は独り、世の矛盾にどう盾突こうかと悶々とする日々。
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科学と宗教について前記事の補足
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    人間の人間らしさを文化生活に求めることは短絡的だろうか?

     

    文化文明を築く要因が科学だったかというとそうでもない。
    アグリカルチャー(agriculture)とは農業を指しますが、ここにしっかりカルチャーが入っています。
    農耕が先に在って文化が出てくる。
    農耕が意味するのは科学だろうか、生活だろうか?
    農耕は定住生活をもたらした。
    農耕は自然観察をする中から栽培技術を見いだしたからこそ始まったであろうから正しく科学ではないか?
    農耕は生理的欲求にこたえる形で生まれたのではないか?
    農耕の始まりに、インスピレーションは働かなかったか?
    科学にはインスピレーションがつきもので、インスピレーションは啓示の一種とも捉えられる。
    これはインスピレーションを受けた人間の主観。
    科学はインスピレーションをどう捉えているのだろう。
    農耕の始まりには必ず豊穣を祈願したり、感謝する祭礼がつきものであった。

     


    ...分けて考えることが間違いだという事ですね。
    科学も生活も祭祀もすべて文化です。

     

    だから科学と合理主義一辺倒はまずいし、逆に全部否定することも間違ってる。
    定住と共同体は外さなくていいでしょう。
    ???遊牧民族も文化を持っているぞ???
    牧畜も生産活動だから問題ないか。
    定住は必須条件ではないが、共同体は必須かな。
    サルでも共同体は築きます。

     

     

    人間とサルを分けるもの。
    二足歩行
    火の使用
    道具の使用(科学の原型?)
    言葉の使用
    祭祀

     

     

    サルから人間へのプロセス

    共同体(生活)

    インスピレーション(宗教性・聖書的には吹き込まれた息かもしれない)

    生産活動(科学)

    文化

     

    かな?

     

    生活の土台の上にインスピレーションがあり、
    インスピレーションから科学が生じて
    生活・宗教・技術をひっくるめた「文化」が生じる。

     

     


    インスピレーションと科学の関係が脆弱かな?
    だけど、どう考えても一人の発見や思い付きからしか始まりようがないと感じるのです。
    発見や思い付きを偶然と捉えるのか必然と捉えるのかが分かれ目。
    観察を始めるにしても、何を観察するかは思い付きからしか始まりようがない。

    | おーば | 勝共理論・頭翼思想を考える | 16:44 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |









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