おーばのつぶやき

東京下町の零細企業で仕事をしながら日々の思いを綴ります。
様々に問題意識を抱えながら突破口を探しています。
元統一教会信者・現在は独り、世の矛盾にどう盾突こうかと悶々とする日々。
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共産主義の考え方-疎外論
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    前記事で簡単に弁証法について書きました。

     

    極論すると、
    マルクスの弁証法は、古いものの内部にある矛盾性が、成熟することによって対立を生み
    この対立することで適者生存の理論で正しいものが生き残るという考え方です。

     

    これは、差異を対立(矛盾)と読むのか、喜び(多様性)と読むのかによって結果が180度変わることなのです。
    しかし、共産主義者たちは“対立”することを選び、あたかも生みの苦しみのように“善し”とするので
    世の矛盾性を取沙汰しては対立抗争へ導こうとします。

     

    ですから対立を煽ろうとする動きには警戒が必要です。
    マスメディアはこういうことが大好きで、弱者が虐げられていることを訴えては世論を先導します。
    弱者救済は一見よさそうですが、円満解決の道を探るのではなく、
    対立してやっつけようと煽りますから発展性がありません。
    朴槿恵弾劾などもこの扇動の結実でしょう。

     

    しかし、煽る者に対して、私たちが攻撃的になってもいけないのです。
    何故なら、対立させることが彼らの目的なので、いかなる理由からでも対立は避けなければならないのです。

     

     

     

    ここにもう一つ、マルクスの疎外論の問題があります。

     

    マルクスはヘーゲルの影響を受けて思想展開しています。

    ヘーゲルは弁証法で理論展開する人ですが、それでも彼の思想は
    『国家を通じて法の理念が実現するとき、人間は必然的に利己的な人間から理性的な人間になる』(共産主義の終焉p355より引用)
    というもので、これは心情の成長8段階の
    「横的関係性の中で縦的な成長がなされる。あるいは、縦的な成長に伴い横的な版図が築かれる。」

    という思想に通じるものです。

     

    ヘーゲルは特に労働することが互いを認め合い、自己実現に繋がる重要な要素であるとしています。
    勿論、自己実現は労働のみによるものではありませんが、為に生きる精神を具体化するうえで重要な要素の一つです。

     

    ヘーゲルについては参考になるサイトがあったのでご紹介しておきます。
    https://www.philosophyguides.org/compact/hegel-philosophie-rechts-super-compact-summary/

     

    個人〜家庭〜氏族(市民)までの在り方、価値について共感できるものがあります。

     

     

     

    マルクスはヘーゲルの思想に影響されましたが、どのようにスタートしているかというとやっぱり弁証法なのです。
    ヘーゲルを正(テーゼ)とし、反(アンチテーゼ)を立てたようです。
    初期の資本主義社会の現実を見て、
    いくら労働し、教養を積んでも「理想的な法も国家も民衆もいないではないか」と言い、その理由をこじつけ、
    罪過を資本主義においたのです。
    マルクス自身の不遇もありますが、社会の中に貧富の格差があったことは否定できません。

     


    労働者は生産された商品と切り離されることにより、

    商品の交換によって他者と互いを認め合うという交流が断たれ
    労働が商品化されることで労働することによる自己表現の場が奪われていることから、

    労働を通じて成熟する機会を奪われている。


    資本家は、資本が生み出す利潤を得ることで労働することを辞めてしまい、

    人間であることを自ら棄てたと言うのです。

     

    人間が人間らしく生きることを資本が奪っている(疎外している)という主張が、マルクスの疎外論です。

     


    更にマルクスは『資本論』において資本家が利潤追求することにより、

    労働の価値自体が搾取されていると畳みかけています。
    よって、資本主義社会ではいくら働いても人倫(倫理性)は築けないと結論します。

     


    そしてもう一度弁証法を持ち出し、矛盾した社会は共産革命によって新しい社会に生みかえられると主張します。
    この段階では、資本主義と資本家は絶対悪と定義されているため、暴力革命が正当化されるわけです。

     

    複雑な三段論法になっていますが、三段論法は前提になる全てが正しいときにのみ成立するものであり、
    途中にこじつけや誤りがあれば正しい答えには行き着きません。

     


    ここで意識していただきたいのは、格差に対する不満の問題です。
    格差が生じやすい社会にも勿論問題があるのですが、この不満が煽られて共産革命に繋がる原動力になっているという事です。

     

     

     

    | おーば | 勝共理論・頭翼思想を考える | 23:33 | comments(3) | trackbacks(0) | - | - |
     佳代さんの意図が分かったように思います。共産主義は一見悪の思想に見えるのですが、共産主義に神の理想が隠されているという事ですね。資本主義にはそれがないです。民主主義にもありません。でも、共産主義に実は神側の理想が隠されていて、それを発見する、神を注入して発見していくという考えですか?
    | コスタ | 2017/04/04 3:49 PM |
    コスタさん

    コメントありがとうございます。
    書き始めはそういうつもりではありませんでしたが、結果そのようになりそうです。
    勝共理論と頭翼思想をおさらいしてみたらそうなります。
    「サタンは神様の創造理想をよく知っているので、神様が実現する前に、よく似た形を自分で作ろうとする」みたいなことを聞いたことはないでしょうか?
    北朝鮮の主体思想も、主体を父母様に置けば理想国家がつくれるとか…。

    つまり共産主義は理想天国を模したサタンの世界ということなので、似ているからこそ間違っている部分を明確に知ってどう直さなければならないかという問題になります。
    民主主義はメシアを擁護するための過渡的なものです。

    詳細を記事にしていければと思います。
    | 桜葉佳代 | 2017/04/04 11:19 PM |
    資本主義はお金儲け、物欲から来たものでしょうか?全ての価値基準がお金になってます。

    新しい思考回路が与えられた感じがします。
    | コスタ | 2017/04/05 8:06 AM |









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