サクラ・Leaf(おーばのつぶやき)

東京下町の零細企業で仕事をしながら日々の思いを綴ります。
様々に問題意識を抱えながら突破口を探しています。
元統一教会信者・現在は独り、世の矛盾にどう盾突こうかと悶々とする日々。
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黙示録の女
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    無原罪のお宿りベラスケス

    1日の聖日礼拝でヨハネ黙示録12章を読みました。
    1〜2『また、天に大きなしるしが現れた。一人の女が身に太陽をまとい、月を足の下にし、頭には十二の星の冠をかぶっていた。女は身ごもっていたが、子を産む痛みと苦しみのためため叫んでいた。』
    12〜17『竜は、自分が地上へ投げ落とされたと分かると、男の子を生んだ女の後を追った。しかし、女には大きな鷲の翼が二つ与えられた。荒野にある自分の場所へ飛んで行くためである。女はここで、蛇から逃れて、一年、その後二年、またその後半年の間、養われるることになっていた。蛇は、口から川のように水を女の後ろに吐き出して、女を押し流そうとした。しかし大地は女を助け、口を開けて、竜が口から吐き出した川を飲み干した。竜は女に対して激しく怒り、その子孫ののこりの者たち、すなわち、神の掟を守り、イエスの証を守りとおしている者たちと戦おうとして出て行った。』

    キリスト教会では一般にこの女を“教会”と解釈しています。
    また、太陽をまとい、月を足の下にするこの女の姿は【無原罪のお宿り】として、ヨーロッパではよく描かれた画題です。
    太陽と月と星はヤコブの息子ヨハネが見た夢で“父母と兄弟”と解釈されています。

    しかし、私は最近夜の神様と昼の神様が気になっているせいもあり、太陽と月はそれぞれ昼と夜を治めるもの(創世記1:14〜18)として結び付いてしまいます。
    つまり、この女を見るときに、夜の神様の心情に立って、昼の神様の理性の光をまとう調和体に見えたのです。
    分かれてしまった夜の神様と昼の神様を繋いでいます。


    今またネット環境が繋がりにくくてオフラインで作業しているものですから資料確認ができません。
    夜の神様と昼の神様について、広研BBSで子鹿さんが提示して下さった資料から解釈してのやりとりがあります。
    本性相・本陽性・前心情(前心情は広研ブログ比較神論参照)としての夜の神様、
    本形状・本陰性・この世の理としての昼の神様と理解しました。
    この文言はシニフィアン(=記号)として平面的にとらえずに、シニフィエ(=記号内容)を探り深く立体的にイメージを膨らませていただきたい。
    “暗号”と呼んでしまうと単純なシニフィエの入れ替えになってしまいそうだけれど、そうではありません。
    シニフィエの内容が深くて膨大であるために、文師の御言は複雑怪奇なものにならざるを得なかったのだと思います。
    文師はシニフィアンを残されたので、私たちは対応するシニフィエを体恤しなければなりません。
    それは生活を通してなされ、あるいは第四アダムと生きることを通してなされるであろうと予想します。
    (シニフィアンとシニフィエの概念についてはソシュールの言語学からご確認ください。)

    黙示録の女にもどります。
    彼女は星の冠をかぶっています。ということは兄弟姉妹との輪の中にいるのです。
    さらに彼女は荒野に居るべきところを得ます。彼女が生んだ男の子は御座に引き上げられましたが、彼女は地上にいるのです。
    罪の世にあって彼女は一人身を隠すのではなく、兄弟たちとともにいます。
    これはクリスチャンたちがイエス様をたたえるときに、栄光のみ座から降りて地上に来られたと言うのと似た状況ですね。

    黙示録にはあまり関心がありませんでしたが、初めて「おお!」と思ってしまいました。

    まぁ、ここの部分にだけですけれどね。全体を通して詳細な意味を読み解けるものではありません。
    彼女のようにありたいと思ってしまいました。
    似たものとなりたいと言ったら惑わす偽物になるのかしら?
    我こそはなどという器ではもちろんありません。

    しかし、なぜここでは“御子”や“子羊”として描かれず、“女”として描かれているのでしょう?
    ここまで象徴表現で満ちた書にあって、よもや個体としての女性を指すものでもありますまい。
    “女”としての性質(シニフィエ)に注目して考察がなされるべきでしょう。

    ハルマゲドンにおける唯一の安全圏が彼女のいる荒野のようですね。
    けっして豊かなところにいるのではありません。
    願わくはこの荒野が広大でありますように。





    …霊的啓示とか、大真面目に考えていると、時々バカらしいことに時間を費やしているのではと思い至ります。
    世の常識からかけ離れているので。

    バカなことは承知の上です。ハンドルネームでもそれは表明済みです。


    私はつかず飛ばずの半端者でもあります。
    だけど突出しないところがいいのでしょうね。
    いろいろと勉強してみましたが、詳細な部分まで掘り下げて討論すればわからないことだらけでしょうし、
    絵が上手とか、歌が上手と言って下さる方がありますが、どれもきちんと勉強された方には及びませんし、
    美しくはなく、会話下手で、運動もできません。

    霊的存在について感じるところはあっても、
    雷に打たれるような感覚で神様や天使と出会ったなどという経験はありません。
    日常的にそれとなく、ささやきかける存在を感じる程度なのです。

    何か突出するものを持っていたならきっととんでもなく傲慢な人間になったことでしょう。

    さて、ネットが繋がるスキを伺ってアップしないとね。
    全くどうなっているのやら。
    | おーば | - | 22:05 | comments(2) | trackbacks(0) | - | - |
    太陽を着た女は、イエス様から出て来た一人の女の事です。真理の霊とも言われています。エバが、アダムの肋骨から創られた様に、創られ、組み立てられました。
    | アリス | 2020/08/09 4:11 PM |
    アリスさん

    コメントありがとうございます。
    黙示録は色々と解釈されているものだと思います。
    アダムの肋骨からエバが創られたという関係性で、イエス様から創られた女性ということですと、私は精霊を思い浮かべます。
    相対関係という意味に捉えています。

    アリスさんの解釈にも何らかの根拠があると思うのですが、その辺りを教えていただけると嬉しいです。

    | 桜葉佳代 | 2020/08/10 5:02 PM |









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