おーばのつぶやき

東京下町の零細企業で仕事をしながら日々の思いを綴ります。
様々に問題意識を抱えながら突破口を探しています。
元統一教会信者・現在は独り、世の矛盾にどう盾突こうかと悶々とする日々。
♪争う人は正しさを説く
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     ♪争う人は正しさを説く 正しさゆえの争いを説く
     その正しさは気分がいいか 正しさの勝利が気分いいんじゃないのか♪

    すみません。
    またちょっと横道です。

    これはearth music & ecologyというファッションブランドのCMソングです。
    宮崎あおい出演。
    この歌は中島みゆきの「Nobody is Right」です。
    どうやら、今の政治に向けた歌詞とも重なり話題になっているようです。
    私も聞いて気になったのでググッてみました。

    みんなの気持ちを代弁しているんだぞと言わんばかりで、
    共感する人も少なくないでしょう。

    だけど大きな落とし穴があることを知っていてください。
    正しさには二通りあります。


    これは子供の言い分でしかないのです。
    小さな子供が楽しいからと言っ、
    むやみに生き物をいじめて遊ぶことは正しいことではありません。
    大人はそれを注意する必要がありますが、
    子供には注意される意味が分からないかもしれません。

    危険な場所で遊んでいればやはり注意しなければいけません。

    だけど子供は楽しいことこそ必要なことであり、価値であるので、
    彼にとっては楽しいことこそが正しいことであるのです。
    だからその正しさを否定されれば怒る子供もいます。


    人は成長しながらものの道理を理解していきます。

    道路の交通ルールは小学校から勉強するので
    殆どの人が理解しているかもしれませんが、
    海上の航行ルールなどは殆どの人が知りませんから、
    している人に従う必要があります。
    それを気ままに船舶免許を持たない人が込み合う港でボートを乗り回せば危険なのです。

    よく分からないことを、自分の価値観で判断することは危険です。
    そんな次元で、狭い価値観で正しさを主張して争う人たちのことを思えば
    このCMソングは正しいのですが、
    広い視野に立って、全体の調和を考えて主張される正しさは、
    尊重されなければならないのに…

    この歌は、そのような責任を持って主張される正しさまで否定してしまいます。
    そのことで、責任を持つべき人の責任感がくじかれてしまい、
    私たちは正しいことを知る機会を失ってしまいます。


    こんな歌をそれこそ正義のように歌い上げることは、
    とても愚かしく、危険なことなのです。
    正しい人なんていないって謳っているのに
    なぜか正しい主張を謳っている気分になるおかしな歌ですね。

    CMでは出てこないけれど、
    「全て正しい」ことを否定しているんだけれど、
    それはありだと思います。
    正しいところと誤るところと両方持っているのが人間なので、
    誤りは謙虚に正し、正しいと信じることは責任を持って主張しなければいけないんです。


    ただ、CMで用いられるさび部分は、
    正しさを主張することが愚かしいと言わんばかりなのです。

    平和という正義を盾にして歌い上げられます。


     

    | おーば | つぶやき | 00:29 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
    デジタル化技術のもたらした影
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      いろいろなものがデジタル化してとても便利になっています。
      少し前ならば熟練・技術が必要だったこともコンピュータ制御の機械で
      誰にでも出来る作業に変貌している。

      しかし、高度な技術も多様なオプションを持つものもあり、
      そのオプションのどれを選択するかは
      過去には技術者の経験とセンスで選択されていたのだが
      誰にでも出来る作業と化した現在では
      作業者には経験値が不足してしまっている。
      オプションの選択ミスは発注者からのクレームを呼ぶ。
      だから作業者は何もしない。出来ない。
      発注者がオプションを注文しなければならないが、
      発注者にはオプションの内容が理解できないことが多い。

      それは目に見えて異なる内容ではなく、
      仕上がりの品質に微妙に反映されるものであることが多いからだ。

      オペレータ(作業者)はオプションの内容を知っていても
      選択する権限が無く、
      権限を持つ発注者は知識が無い。
      間にコーディネートできる人間が入ればよいのですが、
      それはコストの上昇につながります。
      コストはカットされるべきが現代の経営の常識となっていますから、
      ここもパソコンによる自動対応であったり、
      経験値の少ない人間が当たります。
      オペレータにしても、発注者から来るのはクレームばかりですから
      作業に対する責任意識は強迫観念ばかりでストレスが溜まり
      積極的発展性は失われていくばかりです。

      結果、技術の革新は人間の生活の品質の劣化を招くことに貢献しています。

      | おーば | つぶやき | 11:18 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
      カルトからのリハビリ
      0
         この表現はつまり
        カルト=病気...ということなのでしょうね。
        一般的にはやはりそうなのでしょうね。

        カルト教団といわれている宗教団体の信者にすれば
        「うちはカルトなんかじゃない!!」
        と言うわけですから。

        おーばは名前の通り馬鹿なので
        カルトが病的であり、よろしくないものであることが
        よく分かっていないようです。
        だから統一教会がカルトで、
        そこから脱会したんならリハビリしなくちゃいけない...という感覚もない。


        ところで『カルト』って何ですか?

        信者をマインドコントロールして、
        自分の意思をもてない状況に追い込み、
        反社会的な行動をとる団体

        というところなのでしょうか?

        もしそうであれば、
        とりあえずおーばはマインドコントロールを受けた覚えは無い。
        道端で声をかけられて誘われて入会したけれど
        内容に賛同して入会したつもりなので自分の意思なのです。
        元々が反社会的な性格だったかもしれませんね。

        だからリハビリ(回復訓練)しなくちゃいけないという考えには至らない。
        病気として扱って無かった状態に戻すなんてもったいない。
        一個の経験として良し悪しを自分なりに評価して
        その上に人生を積み重ねて生きてゆくのです。


        改宗すれば価値観が転換されることは珍しいことではありません。
        結果、それまでに価値を置いていたものに関心を失うこともあるでしょう。
        親不孝な子供はカルト教団以外にも山ほど存在しています。
        おーばはもともとが親不孝な子供でした。
        趣味が変わることも人生の中にはあることです。
        様々な出会いの中で個人は生きていますから。

        問題があるとすればコンプライアンス(法律遵守)の感覚で、
        おーばからすると
        そもそも法律自体がかなりいい加減なものである印象があるので
        法律を守っていれば善人とは到底考えることができません。
        社会秩序維持のためにはそこそこ守る必要があるかな?
        というところ。

        多くの若い宗教は(キリスト教でさえも草創期には)社会変革を目指すので
        社会秩序は壊しこそすれ守る意思は明らかに薄いと思われます。

        そうすると、現在の社会秩序こそが絶対的な平和をもたらすものだと
        信じて疑わない人からは、疎まれるしかないでしょう。

        だからこんな図式がまかり通る。
        カルト=悪い病気=廃絶することこそ正義

        カルトが何を言わんとしているのか内容の検証までは誰もしません。
        検証しようとすればミイラ取りがミイラになると思うからでしょう。

        素晴らしい内容も持っているのに...
        だから共感して応援する人も現れるのに...
        もちろん問題が全く無訳じゃない(どちらかというとてんこもり?)
        喧嘩してるばかりじゃどちらにも益が無い。
        | おーば | つぶやき | 15:14 | comments(2) | trackbacks(0) | - | - |
        男っぽいと言われるところ
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           昔、「男性性相が強い」とよく言われました。
          統一教会の用語で「性格が男っぽい」程度のところでしょう。

          当時何故そんなことを言われるのかよく分からずにいましたが、
          ここのところ思い当たることが一点。
          誰かの言葉の中に疑問と思われる内容が含まれているとそれに対して一生懸命解答を出してあげようとしてしまうのです。
          ちょっとした愚痴のつもりの言葉に対してその解決方法をあーだこーだと講釈されればそれは「いい迷惑」ですよね。

          これって男性的な思考のようです。
          (世の男性陣気をつけましょう。彼女や奥様に嫌われます。)
          相手の悩みを自分が解決してやったと自己満足しますけれど、
          ちょっとガス抜きのつもりでしゃべっていた相手には全面否定になってしまうから、もうこの人には話しなんかするもんかとなってしまうんです。

          でも、自分でもこれをやっていることに気がつきました。
          聞き流してあげることも必要なことなんですよね。
          結論の多くは本人が既に持っていることが多いんだから、
          そちらに行きやすいように、やんわりあいずちしてあげるべき時もあるということ。

          でも、本気で悩んでいたら解答を本気で一緒に考えてあげるべきだろうからその見極めが大事なんですよね。

          難しいなぁ…
          | おーば | つぶやき | 19:18 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
          つぶやき:喜びの波動
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            何をして良いのか分からないときには、先ず、私が喜ぶことを考えよう。
            喜びの波動は必ず拡大してゆくはず。

            それは私の次元に止まらずに世界に広がってゆくことが出来るはず。
            それは歓迎されるもの。

            悲しみや苦しみの波動は、
            同調する人がいるだろうけれど、誰もそれを歓迎はしない。
            それは滅びへと向かうものであるから、広げてはいけないものなのです。

            | おーば | つぶやき | 11:48 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
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