サクラ・Leaf(おーばのつぶやき)

東京下町の零細企業で仕事をしながら日々の思いを綴ります。
様々に問題意識を抱えながら突破口を探しています。
元統一教会信者・現在は独り、世の矛盾にどう盾突こうかと悶々とする日々。
佐野千遥教授と資本主義の問題
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    このブログにもコメントをくださった おやじ様が推奨しているブログがあります。
    『フリーエージェント世界革命を提唱するフリーエージェント大学ロシアの有名人・ドクター佐野千遥教授』
    http://ameblo.jp/allahakbar231/

    おやじ様がおっしゃるには、
    「今後は佐野博士が中心となって理想世界創建の為の世界摂理が一気に全面展開するような様相になって来ております。」
    ということです。

    おやじ様のブログに大いに勧めて紹介する内容がありましたので、
    私も佐野博士のブログを読んでは見たのですが大変難解に感じました。
    様々な問題を数学的に明らかになさったと書かれているのですが、
    数字に弱いおーばには、そのあたりはちんぷんかんぷんなのであります。
    勿論、理解して読んでいらっしゃる読者の方も少なくはないのでしょうから、
    あくまで、おーばの理解力の問題です。
    ただ、私にっも理解できる言葉を繋ぎ合わせてゆくと、
    書かれている方向性はズレてはいないと感じるところがありますので、
    おやじ様がおっしゃるように、(博士が摂理の中心になるかどうかはともかく)
    摂理の一翼を担うように成る人ではないのかなと思う次第なのであります。

    佐野博士のブログにはご自身を紹介するために書かれた文章が沢山入っているのですが、
    私が気になっている部分を少し抜き出してみました。
    (『 』内がその文章です。)


    『資本主義主力の株式会社制をも覆す、貴方を悩みと賃金奴隷状態から解放するフリ−エージェント世界革命を、
    誤った現行全自然社会人文科学を根底的体系的に批判し、
    一枚岩無矛盾の全新厳密科学体系を創り出した(世界史上これに挑んだ他者無し)FA大学佐野千遥教授が領導する』

    『人間機械論の現行人文科学を批判し、

    現行経済学の「需要供給の法則」=「神の見えざる手」が因果律を意図的に踏み外す諸悪の根源である事を批判し、

    近代経済学に見えていない3種の価値「有用価値」「コスト価値」「流通価値」の区別付けを持った未来経済学を創出し、
    マルクスすら扱えなかった「有用価値」も含む価値交換方程式を世界に先駆けて提唱し、
    何故現代世界は経済活動の縮小過程に入っているのかの根本原因を世界に先駆けて提唱し、
    どうすれば活性化できるかについての経済プログラムをも世界に先駆けて提唱している

    物質的打算に基づく「権利」「義務」を最高の規範とする現行法体系を批判し、

    その誤れる法律をめぐっての立法・司法・行政を主張し、
    社会正義と社会的愛の実現が国政の目標である事を忘れ去った西洋の三権分立論を批判し、

    美学は科学の中に位置づけるべきであり、
    倫理学・法学は美学の中(就中、その中枢である道義的美学の中)に位置付けるべきである、と主張し…』

    このあたりだけは、私がテーマとしている部分と共通するところがあるのでかろうじて着いてゆけます。
    佐野博士は具体的なプラントプロジェクトを持っていらっしゃるようなことを書いていらっしゃるので
    妨害を避けるためなのか、手の内の全てを曝けるようなことはしていません。
    それもあるから更に難解なのでしょう。

    資本主義に対し警鐘を鳴らし、その代案を提示しようとする姿勢を支持します。
    ただし、プロジェクトの詳細は私もまだ理解できていないので態度保留中です。



    資本主義経済は、利潤の追求が第一義です。
    「自由市場経済」という美名に惑わされますが、自由な利潤追求は人や環境を蹂躙し続けています。

    原発事故の問題も、
    「原子力発電は、循環型の環境に優しいエネルギーである」
    という自由な利潤追求の為に宣伝された偽りの内容を
    目先の利便性に惑わされた人々が鵜呑みにして正しく検証することを怠った結果です。

    このような宣伝広告も、自由な利潤追求の姿です。
    自身に有利と感じる宣伝は容易に信じやすく、
    検証せずに乗った宣伝にあとから「騙された」ということも多いのですが、
    そこに責任転嫁の姿勢も見え隠れするのです。

    | おーば | コミュニタリズム | 13:21 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
    資本主義批判
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      前記事を読み返して、気になるところ。


      資本主義批判をすることの正当性。

      UCでは、自由と民主主義の国家体制を礼賛してきたので、
      自分でもこれでよいのかと問い返すところです。

      共産主義、社会主義は悪魔の思想と叩き込まれてきましたから。
      なにしろ私は末端とはいえ、世界日報や勝共を経験しています。

      ある方とのやりとりで、『博士は無責任な社会主義者』と言われましたが、
      これは明らかに批判的表現です。
      その方にとっては社会主義者はサタンの手先という構図なのだと思います。
      社会主義に対する反感を強くする経験をお持ちなのかもしれません。

      実際に、口先だけで理想を語り、反対するだけ反対して、
      実践的には何事も建設することのない社会主義者もいます。
      少なくないかもしれません。

      だから私は良心(共に知るという観点)をもって
      このことを検証しなければならないのです。


      自分自身の概念系に於いて矛盾がないか?(自己自身と共に知る)

      知らされていることがらを意識的にせよ、無意識的にせよ無視して
      持論の正当化を謀っては居ないだろうか?(他者とともに知る)

      霊的感性において違和感はないだろうか(神とともに知る)


      これらを検証したとしても
      それで理論的に実践力を伴うものになることはないでしょう。
      しかし、検証できなければ実践には程遠く、
      それこそ自己満足のための無責任な理想論でしかありません。
      私はそれを好みません。


      マスメディアの陰謀という表現をしましたが、
      これは資本主義におけるマスメディアの特性と言えます。

      資本主義は資本力を評価基準として優劣を決定します。
      万民の評価が購買行動投資行動として表れ
      よいものには多くの代価が支払われると考えるからです。

      マスメディアの評価もそのようになされますし、
      そのような発言は資本を持つ、資本主義を喜ぶ人たちの受けが善いですから
      資金はそのような発言主体に集まるようになります。
      そうならざるを得ないのです。
      資本主義においては、資金を集めるものは善なのです。



      しかし、資金を集める能力と本質的善悪の価値が一致するとは私には思えません。


      現代の資本主義は、共産主義と同様に唯物的に価値決定をしているように感じられます。

      資本主義と共産主義の差異は
      自由市場経済計画経済
      ではなかったでしょうか?
      細かいことを言うともっとあるかもしれませんが、
      根本的なところはそこでしょう。

      民主主義と共産主義を比較すれば、その差異は違った表現になるのでしょう。
      民主主義は主権在民、
      共産主義は党指導部による指導が絶対(即ち一党独裁)

      マルクス主義が流行ったころの思想(いわゆる現代思想と言われる)では
      人間にはおろかな群集と、思想的エリートがあるという発想があったようです。
      おろかな群集は、放っておいたら怠惰に流されて正当な判断をできないと、
      頭のよい人たちは考えたんです。
      だから共産主義は思想的エリートによる計画経済が理想的だと考えたのでしょう。


      しかし、頭がよければ幸福追求が上手なわけではありません。
      経済は幸福な生活に重要なことではありますが、
      幸福は経済のみによるものではありません。
      資本主義も共産主義も、
      経済の問題のみ考える場となっています。

      未来への希望、人間的信頼関係を基盤とした社会、愛情…
      唯物的な思想は幸福に対する考え方が甘いんです。


      …書き出しと内容が合っていない気がしますが、
      資本主義を批判するというよりは、
      資本主義に対する疑問を書いてゆくことに問題はない様に思えます。

      資本主義は神様の思想ではありません。
      民主主義も同様です。
      UCでは、右翼でも左翼でもなく頭翼思想だと言ってましたが
      頭翼主義は神主義と言いましたが、神主義というよりは父母主義でしたね。

      だけど理想的父母の姿を提示できませんでした。
      神様の御姿についても混乱してしまいました。
      残念です。

      | おーば | コミュニタリズム | 22:47 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
      実生活が大切です。政治経済体制の問題も含めて。
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        毎日暑いですね。
        熱中症など多発しています。

        水分補給などこまめにして体調管理には気をつけないといけません。
        冷房も使いすぎれば乾燥してのどを痛める原因になりますし、
        屋外機からの廃熱が街の気温を更に上昇させることを思うと
        控えなければいけませんが、暑さが限度を越えています。
        PCなどの熱源になるものは、節電の観点でも、廃熱の観点でもこまめに電源OFFを心がけるべきでしょう。


        最近変人博士が静かです。
        その代わり、私の身の回りがいつになくアクティブです。

        彼のネタが尽きたとは思えませんので、
        この状況は言葉を受け取る時期から
        実体験をする時期へと移行したのかもしれません。
        博士とやり取りしていると、
        頭の中が忙しいので生活圏がおろそかになる傾向があります。


        会わなければいけない人、会いたいと思う人がいます。
        会わなきゃいけないと思うのは、20年以上前の知り合いの
        IFVOC出身6500双(…だったと思う)の区議会議員。
        会ってどうするのかも分かりませんが、
        会わなきゃいけない気がするだけです。

        現役区議は住所を簡単に調べられるので
        先ほど自転車で近くまで行ってみたら、きれいなマンションでした。
        イメージと違いちょっと意外。

        彼が今どんな活動をしているのか知りたいですよね。



        得たいと願うのは、ホームチャーチへの糸口です。

        理想的な共同体は自給自足できる自立型のコミュニティですが、
        東京で暮らす身には、それは贅沢と言うもの。
        東京生まれの東京育ちです(一応)。
        ここに居るからには、ここでなすべきことがあるはず。
        先週末、中学時代の同級生とも会うチャンスを得ました。

        自給自足型の農村コミュニティを目指されるおやじ様も
        東京城東地域に縁のある方のようなので、
        一度お会いしたいなぁと密かに願っております。

        人は色んな環境に住んでいるので、
        環境ごとにホームチャーチは様相を異にしていくべきでしょう。
        最初は理想的な形態にはなり得ないでしょうが、
        おおまかな形を作って
        そこから方向を修正したり、発展をしたりすることは可能なはずです。
        全人類が一挙に第一次産業にシフトするとはリアリティに欠ける気がします。
        (第一次産業を包括したコミュニティが理想ですよ。)

        産業・経済の形態が間違っています。
        資本主義が間違いなのです。
        共産主義のほうが成熟した形態です。

        しかし、(唯物的)共産党独裁政権というのに問題があり、
        ましてや北朝鮮のような個人や一族による独裁などもってのほかなのです。
        (善い個人による専制政治は悪くありませんが、
         後継者が必ず育つ保障を何処に求めましょうか?
         後継者はおろか、善い個人が生涯善くあり続ける根拠も不確かです。)
        軍事政権もいけません。

        民主主義による政治と共産思想による経済という形態が可能であれば、
        現在の思想の範疇では理想的に思えます。
        (中国は真逆を行っていますね。)

        だってねぇ、自由経済と言いながら、
        自由な職業選択を出来る人が、この日本にどれくらい居ますか?
        努力と才能でいくらでも上に行くチャンスが与えられていると言って、
        その才能を持たない人間のほうがよっぽど多いんです。
        平穏な暮らしを望む者は「怠け者」ですか?

        平穏に暮らそうと思っていたら、
        競争が大好きな人たちに全てかすめとられてしまうのが資本主義経済です。


        経済のパイを拡大すればビジネスチャンスは無限だと信じますか?
        パイの拡大が地球環境をどれほど痛めつけてきたか眼を瞑るのですか?


        ただ、問題なのはどうやってシフトするかなのです。
        人は自由市場、資本主義経済以外に選択肢は無いと信じています。
        これは、共産主義国家をスケープゴートとして
        資本主義を礼賛させるように仕向けるマスメディアの陰謀です。

        資本主義をやめれば貧乏で自由の無い共産主義国家になってしまうぞと
        脅しをかけているのです。
        共産思想の一番の問題は唯物思想です。
        しかし、今日の資本主義経済社会も唯物思想に汚染されています。
        世界経済の現状は、二極対立でしかないので、
        二者択一を迫りますが、第三の道を提示できなければ未来は無いでしょう。

        しかし、第三の道は、世界中を敵に回す可能性がありますね。
        NGO,NPOからWONGO(で、良かったかな?)の道は妥当かもしれません。


        全てが、海のものとも山のものともつかないことばかりです。

        言葉は記号にすぎません。
        記号はシンボルであり象徴です。

        象徴の次は実体にゆくまえに形象路程でしょうか?



        …とてもとても卑小な出来事から向き合ってゆかなければなりません。

        仕事上でお客とのやりとりに問題が表れています。
        二人で仕事をしていた会社が合併で四人になりました。
        私の大きらいな会計業務を真面目にやらないといけません。
        加わった二人は30代の兄弟です。
        彼等をどうやって教育すれば善いでしょう。

        中学時代の友人たちとの交流も多く持つべきなのかもしれません。

        生活(実体験)の中から学び組立てなければならないのでしょう。
        道のりは長そうです。

        | おーば | コミュニタリズム | 19:28 | comments(2) | trackbacks(0) | - | - |
        コミュニティ
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          コミュニティの問題に取り組みたいと思うのですが、
          なかなか思うに任せません。
          ホームページの方でこの問題の展開をしたいと考えサイトを立ち上げてあるのですが、
          未だ、コミュニティを構成する個人の問題に留まっています。

          人間は生まれるにしても成長してゆくにしても、
          個人が一人で勝手に生まれることも出来なければ、他の誰かの影響を全くこうむらずに成長も出来ないのです。
          今、ここに居る私という存在は、
          個人でありながらも多くの人からの栄養をもらって成立しているのですから、
          与えてくれるコミュニティの存在は私と切っても切れないものなのです。

          そうであるから、行過ぎる個人主義は大いに問題があるのです。
          過去に全体主義や民族主義などが大きな問題となり、
          現在の個人主義に至っている過程は承知していますが、
          だからといって個人主義が良いわけではなく、
          あくまで一時しのぎに他なりません。

          コミュニティを否定することよりも、コミュニティの哲学を成立させることの方が
          より重要な問題と考えます。
          成熟したコミュニティを作らなければいけません。
          ここには多くの課題が山積しているのです。

          | おーば | コミュニタリズム | 13:04 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
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