サクラ・Leaf(おーばのつぶやき)

東京下町の零細企業で仕事をしながら日々の思いを綴ります。
様々に問題意識を抱えながら突破口を探しています。
元統一教会信者・現在は独り、世の矛盾にどう盾突こうかと悶々とする日々。
創世イメージ
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     言葉はそもそも得意な方ではない。
    だけれども、形になることを自ら望むかのように浮かんで来るイメージがときたまある。
    その形は何故だか言葉の形状を持つことが多い。


    右にも左にも 前にも後ろにも 天にも地にも
    無限に広い真空に
    ただひとつ 強い力が存在したら どうでしょう?

    彼は全力疾走で前進しても
    何にも出会わず、何にも追いつかない。

    無限に落下しても
    到達する台地は無い。

    自身が動いているのか止まっているのか
    測る基点さえ見当たらない。

    そもそも重力が無ければどちらが天で どちらが地なのか
    自分が前を向いているのか上を向いているのか
    そんなことさえ判らない。

    そんな中に
    ただ1点が存在しても

    動くことも意味を成さず、変化さえもなければ
    そこには時間と言う概念さえもあらわれる余地が無い。

    その1点は自身の存在を自覚することさえない。

    これが大爆発の以前の姿。

    彼は何もないところから
    2つに分かれてみた。


    分かれることで彼は“対象”を得る。

    それは強く感じられたり、弱く感じられたりした。

    同時に時間と言う概念が生まれた。
    対象を得る“以前”と“以後”である。

    対象を得る以前の彼は 1 であったけれど
    同時に 0 であった。
    対象を得る以前には数の概念が無かったからである。

    “時間”と“数”を得た彼は刺激を感じた。


    彼はもう1つ分けてみた。
    “存在”は彼を含めて 3つ になった。
    そこに初めて“距離”の概念が生まれる。
    彼と対象の2者の間隔は大小強弱でしかなかったが、
    3者になった時、彼等を結ぶ3つの辺は
    面を作り、広がりを持った。
    そして3つの辺は、比較することで距離として認識されるようになる。


    私が1人でも、動くことが出来るように思うのは、
    私の体がいくつものパーツでできあがっているからです。

    右手と左手は距離を変えて動くことが出来ますが、
    私の目がそれを目撃しています。
    私は自身の身を震わせることができますが、
    それは私の体の重心に対して他の部位が細かく距離を変動させることです。

    宇宙の1番最初の無は、内も外も無く、均質な 1 だけの世界でした。

    | おーば | イメージ・散文 | 16:23 | comments(9) | trackbacks(0) | - | - |
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